の沙門は、思わずどっと鬨《とき》をつくった人々の声を圧しながら、高らかにこう罵りました。その声を浴びた横川《よかわ》の僧都が、どんなに御悄《おしお》れなすったか、それは別段とり立てて申すまでもございますまい。もしもあの時御弟子たちが、先を争いながら進みよって、介抱しなかったと致しましたら、恐らく満足には元の廊へも帰られなかった事でございましょう。その間に摩利信乃法師は、いよいよ誇らしげに胸を反《そ》らせて、
「横川《よかわ》の僧都は、今|天《あめ》が下《した》に法誉無上《ほうよむじょう》の大和尚《だいおしょう》と承わったが、この法師の眼から見れば、天上皇帝の照覧を昏《くら》まし奉って、妄《みだり》に鬼神を使役する、云おうようない火宅僧《かたくそう》じゃ。されば仏菩薩は妖魔の類《たぐい》、釈教は堕獄の業因《ごういん》と申したが、摩利信乃法師一人の誤りか。さもあらばあれ、まだこの上にもわが摩利の法門へ帰依しょうと思立《おぼした》たれずば、元より僧俗の嫌いはない。何人《なんびと》なりともこの場において、天上皇帝の御威徳を目《ま》のあたりに試みられい。」と、八方を睨《にら》みながら申しました。
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