せる傀儡《くぐつ》の類いにほかならぬ。――」
こう若殿様が御云い張りになると、急に御姫様は偸《ぬす》むように、ちらりとその方を御覧になりながら、
「それでも女子《おなご》が傀儡では、嫌じゃと申しは致しませぬか。」と、小さな御声で仰有いました。
「傀儡《くぐつ》で悪くば、仏菩薩《ぶつぼさつ》とも申そうか。」
若殿様は勢いよく、こう返事をなさいましたが、ふと何か御思い出しなすったように、じっと大殿油《おおとのあぶら》の火影《ほかげ》を御覧になると、
「昔、あの菅原雅平《すがわらまさひら》と親《したし》ゅう交っていた頃にも、度々このような議論を闘わせた。御身も知って居《お》られようが、雅平《まさひら》は予と違って、一図に信を起し易い、云わば朴直な生れがらじゃ。されば予が世尊金口《せそんこんく》の御経《おんきょう》も、実は恋歌《こいか》と同様じゃと嘲笑《あざわら》う度に腹を立てて、煩悩外道《ぼんのうげどう》とは予が事じゃと、再々|悪《あ》しざまに罵り居った。その声さえまだ耳にあるが、当の雅平は行方《ゆくえ》も知れぬ。」と、いつになく沈んだ御声でもの思わしげに御呟《おつぶや》きなさいました。
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