皇帝の御威徳は、この大空のように広大無辺じゃ。何と信を起されたか。」と、厳《おごそ》かにこう申しました。
 鍛冶の親子は互にしっかり抱《いだ》き合いながら、まだ土の上に蹲《うずくま》って居りましたが、沙門の法力《ほうりき》の恐ろしさには、魂も空にけし飛んだのでございましょう。女菩薩の幢《はた》を仰ぎますと、二人とも殊勝げな両手を合せて、わなわな震えながら、礼拝《らいはい》いたしました。と思うとつづいて二三人、まわりに立っている私どもの中にも、笠を脱いだり、烏帽子を直したりして、画像《えすがた》を拝んだものが居ったようでございます。ただ私は何となく、その沙門や女菩薩の画像が、まるで魔界の風に染んでいるような、忌《いま》わしい気が致しましたから、鍛冶が正気に還ったのを潮《しお》に、※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》その場を立ち去ってしまいました。
 後で人の話を承わりますと、この沙門の説教致しますのが、震旦《しんたん》から渡って参りました、あの摩利《まり》の教と申すものだそうで、摩利信乃法師《まりしのほうし》と申します男も、この国の生れやら、乃至《ないし》は唐土《もろ
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