は白地に細い青の線を荒い格子《こうし》に引いたものだった。しかしもう隅々には薄汚いカンヴァスを露《あらわ》していた。僕は膠《にかわ》臭いココアを飲みながら、人げのないカッフェの中を見まわした。埃《ほこり》じみたカッフェの壁には「親子丼《おやこどんぶり》」だの「カツレツ」だのと云う紙札が何枚も貼《は》ってあった。
「地玉子[#「地玉子」に傍点]、オムレツ[#「オムレツ」に傍点]」
僕はこう云う紙札に東海道線に近い田舎を感じた。それは麦畑やキャベツ畑の間に電気機関車の通る田舎だった。……
次の上り列車に乗ったのはもう日暮に近い頃だった。僕はいつも二等に乗っていた。が、何かの都合上、その時は三等に乗ることにした。
汽車の中は可也こみ合っていた。しかも僕の前後にいるのは大磯《おおいそ》かどこかへ遠足に行ったらしい小学校の女生徒ばかりだった。僕は巻煙草に火をつけながら、こう云う女生徒の群れを眺めていた。彼等はいずれも快活だった。のみならず殆どしゃべり続けだった。
「写真屋さん、ラヴ・シインって何?」
やはり遠足について来たらしい、僕の前にいた「写真屋さん」は何とかお茶を濁していた。しかし十四五の女生徒の一人はまだいろいろのことを問いかけていた。僕はふと彼女の鼻に蓄膿症《ちくのうしょう》のあることを感じ、何か頬笑《ほほえ》まずにはいられなかった。それから又僕の隣りにいた十二三の女生徒の一人は若い女教師の膝《ひざ》の上に坐り、片手に彼女の頸《くび》を抱きながら、片手に彼女の頬をさすっていた。しかも誰かと話す合い間に時々こう女教師に話しかけていた。
「可愛いわね、先生は。可愛い目をしていらっしゃるわね」
彼等は僕には女生徒よりも一人前の女と云う感じを与えた。林檎《りんご》を皮ごと噛《か》じっていたり、キャラメルの紙を剥《む》いていることを除けば。……しかし年かさらしい女生徒の一人は僕の側を通る時に誰かの足を踏んだと見え、「御免なさいまし」と声をかけた。彼女だけは彼等よりもませているだけに反《かえ》って僕には女生徒らしかった。僕は巻煙草を啣《くわ》えたまま、この矛盾を感じた僕自身を冷笑しない訣《わけ》には行かなかった。
いつか電燈をともした汽車はやっと或郊外の停車場へ着いた。僕は風の寒いプラットホオムへ下り、一度橋を渡った上、省線電車の来るのを待つことにした。すると偶然顔
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