ようす》を見た祖母の喜びは、仲々口には尽せません。何でも稲見の母親は、その時祖母が笑いながら、涙をこぼしていた顔が、未《いまだ》に忘れられないとか云っているそうです。その内に祖母は病気の孫がすやすや眠り出したのを見て、自分も連夜の看病疲れをしばらく休める心算《つもり》だったのでしょう。病間《びょうま》の隣へ床《とこ》をとらせて、珍らしくそこへ横になりました。
その時お栄は御弾《おはじ》きをしながら、祖母の枕もとに坐っていましたが、隠居は精根《せいこん》も尽きるほど、疲れ果てていたと見えて、まるで死んだ人のように、すぐに寝入ってしまったとか云う事です。ところがかれこれ一時間ばかりすると、茂作の介抱をしていた年輩の女中が、そっと次の間の襖《ふすま》を開けて、「御嬢様ちょいと御隠居様を御起し下さいまし。」と、慌《あわ》てたような声で云いました。そこでお栄は子供の事ですから、早速祖母の側へ行って、「御婆さん、御婆さん。」と二三度|掻巻《かいま》きの袖を引いたそうです。が、どうしたのかふだんは眼慧《めざと》い祖母が、今日に限っていくら呼んでも返事をする気色《けしき》さえ見えません。その内に女中
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