しさを感じ、もう一度欄干によりかかりながら、やはり人波の去来する埠頭の前後を眺めまわした。そこには肝腎のBさんは勿論、日本人は一人も見当らなかった。しかし僕は桟橋の向うに、――枝のつまった葉柳の下に一人の支那美人を発見した。彼女は水色の夏衣裳《なついしょう》の胸にメダルか何かをぶら下げた、如何にも子供らしい女だった。僕の目は或はそれだけでも彼女に惹《ひ》かれたかも知れなかった。が、彼女はその上に高い甲板を見上げたまま、紅の濃い口もとに微笑を浮かべ、誰《たれ》かに合い図でもするように半開きの扇をかざしていた。………
「おい、君。」
 僕は驚いてふり返った。僕の後ろにはいつの間にか鼠色《ねずみいろ》の大掛児《タアクアル》を着た支那人が一人、顔中に愛嬌《あいきょう》を漲《みなぎ》らせていた。僕はちょっとこの支那人の誰であるかがわからなかった。けれども忽《たちま》ち彼の顔に、――就中《なかんずく》彼の薄い眉毛《まゆげ》に旧友の一人を思い出した。
「やあ、君か。そうそう、君は湖南の産《うまれ》だったっけね。」
「うん、ここに開業している。」
 譚永年《たんえいねん》は僕と同期に一高から東大の医科
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