と徐《おもむ》ろに歎きを伝へ出した。その声も、――声はちよいと説明出来ない。が、強ひて説明すれば、華やかに寂び澄ました声である。僕の隣にゐた英吉利《イギリス》人も細君と顔を見合せながら、ワンダァフル・ヴォイスとか何とか云つた。声だけは異人にもわかるのに違ひない。のみならずしをりの細かいことも小面《こづら》の憎い位である。僕はもう一度シヤツの下にかすかな戦慄の伝はるのを感じた。
 狂女は地謡《ぢうたひ》の声の中にやつと隅田川の渡りへ着いた。けれども男ぶりの好い渡し守は唯では舟へ乗せようとしない。「都の人と云ひ、狂人と云ひ、面白う狂うて見せ候へ」などと虫の好い註文を並べてゐる。僕はこの二人の問答の中に、天才の悲劇を発見した。天才もこの狂女のやうに何ものかを探す為に旅をしてゐる。が、我我は不幸にもかう云ふ情熱を理解しない。同じ道に志した旅人さへ冷然とその苦痛を看過してゐる。況《いはん》や妻子を養ふ以外に人生の意味を捉へ得ない、幸福なる天下の渡し守は恰《あたか》も天才の情熱を犬の曲芸とでも間違へたやうに、三千年来|恬然《てんぜん》と「狂うて見せ候へ」を繰り返してゐる。天才も口を餬《こ》する為には苦痛を見世物にする外はない。狂女は、――狂女も今は渡し守の前に隠し芸の舞を披露してゐる。
 狂女の舞ぶりも綺麗だつた。殊に白足袋《しろたび》を穿いた足は如何にも微妙に動いてゐた。あの足だけは今思ひ出しても、確かに気味の悪い代物である。僕は実際あの足へさはつて見たい欲望を感じた。少くとも白足袋を脱がせた上、つらつら眺めたい欲望を感じた。どうもあの足は平凡なる肉体の一部と云ふ気はしない。必ず足の裏の皺の間に細い眼か何かついてゐさうである。しかし(僕もあらゆる批評家のやうに「しかし」を加へることを忘れなかつた)難を云はせれば、金太郎氏の芸は心もち綺麗過ぎる所があるかも知れない。それだけに一歩を誤れば、繊巧の病を生じさうである。古人は必ずこの境に安住することはしなかつたであらう。更に蒼古の意を得る為に捨命することを辞さなかつたであらう。――さう思つた途端である。「乗せさせ給へ渡し守、さりとては乗せてたび給へ」と云ふ地謡の声のをさまると共に、狂女は片膝をつきながら、立ちはだかつた渡し守の前に、消え入りさうに合掌した。僕は先代の秀調以来、名高い女形《をやま》も少しは見てゐる。が、まだこの時の金太郎氏ほど、美しいと思つた記憶はない。古意を得るのは勿論《もちろん》結構であらう。けれども古意を得ないにしろ、この位綺麗になりさへすれば、少くとも不足は云はれない筈である。
 その後の「隅田川」を云々することは無用の弁を費すだけである。成程《なるほど》子役を使はなかつたのは注目に価する試みかも知れない。が、素人の僕などには論ずる資格もないと共に、論ずる興味もないことである。唯僕は梅若丸の幽霊などの出ないことを少しも不服に思はなかつた。いや、実はかう云ふ時にもわざわざ子役を使つたのは何かの機会に美少年を一人登場させることを必要とした足利時代の遺風かとも思つてゐる。僕は兎に角「隅田川」に美しいものを見た満足を感じた。――それだけ云ひさへすれば十分である。
 もし次手《ついで》につけ加へるとすれば、それは最初の興味を惹《ひ》いた能の看客のことである。バアナアド・シヨウはバイロイトのワグナアのオペラを鑑賞するには仰向けに寝ころんだなり、耳だけあけてゐるのに限ると云つた。かう云ふ忠告を必要とするのは遠い西洋の未開国だけである。日本人は皆、学ばずとも鑑賞の道を心得てゐるらしい。その晩も能の看客は大抵謡本を前にしたまま、滅多《めつた》に舞台などは眺めなかつた!



底本:「芥川龍之介全集 第十一巻」岩波書店
   1996(平成8)年9月9日発行
入力:もりみつじゅんじ
校正:松永正敏
2002年5月17日作成
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