らは小さかったのでしょう!)しばらくこの建築よりもむしろ途方もない怪物に近い稀代《きだい》の大寺院を見上げていました。
 大寺院の内部もまた広大です。そのコリント風の円柱の立った中には参詣《さんけい》人が何人も歩いていました。しかしそれらは僕らのように非常に小さく見えたものです。そのうちに僕らは腰の曲がった一匹の河童《かっぱ》に出合いました。するとラップはこの河童にちょっと頭を下げた上、丁寧《ていねい》にこう話しかけました。
「長老、御《ご》達者なのは何よりもです。」
 相手の河童もお時宜《じぎ》をした後《のち》、やはり丁寧に返事をしました。
「これはラップさんですか? あなたも相変わらず、――(と言いかけながら、ちょっと言葉をつがなかったのはラップの嘴《くちばし》の腐っているのにやっと気がついたためだったでしょう。)――ああ、とにかく御丈夫らしいようですね。が、きょうはどうしてまた……」
「きょうはこの方《かた》のお伴をしてきたのです。この方はたぶん御承知のとおり、――」
 それからラップは滔々《とうとう》と僕のことを話しました。どうもまたそれはこの大寺院へラップがめったに来ないことの弁解にもなっていたらしいのです。
「ついてはどうかこの方の御案内を願いたいと思うのですが。」
 長老は大様《おおよう》に微笑しながら、まず僕に挨拶《あいさつ》をし、静かに正面《しょうめん》の祭壇を指さしました。
「御案内と申しても、何もお役に立つことはできません。我々信徒の礼拝《らいはい》するのは正面の祭壇にある『生命の樹《き》』です。『生命の樹』にはごらんのとおり、金と緑との果《み》がなっています。あの金の果を『善の果』と言い、あの緑の果を『悪の果』と言います。……」
 僕はこういう説明のうちにもう退屈を感じ出しました。それはせっかくの長老の言葉も古い比喩《ひゆ》のように聞こえたからです。僕はもちろん熱心に聞いている容子《ようす》を装っていました。が、時々は大寺院の内部へそっと目をやるのを忘れずにいました。
 コリント風の柱、ゴシック風の穹窿《きゅうりゅう》、アラビアじみた市松《いちまつ》模様の床《ゆか》、セセッションまがいの祈祷机《きとうづくえ》、――こういうものの作っている調和は妙に野蛮な美を具《そな》えていました。しかし僕の目をひいたのは何よりも両側の龕《がん》の中にある大理
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