うだとすれば、勿論、自殺をするつもりで、石炭庫へはいらうと云ふのです。
 私は、異常な興奮を感じました。体中の血が躍《をど》るやうな、何とも云ひやうのない、愉快な昂奮です。銃を手にして、待つてゐた猟師が、獲物の来るのを見た時のやうな心もちとでも、云ひませうか。私は、殆、夢中で、その男にとびかかりました。さうして、猟犬よりもすばやく、両手で、その男の肩をしつかり、上からおさへました。
「奈良島。」
 叱るとも、罵るともつかずに、かう云つた私の声は、妙に上ずつて、顫へてゐました。それが、実際、犯人の奈良島だつた事は云ふまでもありません。
「………」
 奈良島は私の手をふり離すでもなく、上半身を積入口から出したまま、静に、私の顔を見上げました。「静に」と云つたのでは、云ひ足りません。ある丈の力を出しきつて、しかも静でなければならない「静に」です。余裕のない、せつぱつまつた、云はば半《なかば》吹《ふ》き折られた帆桁《ほげた》が、風のすぎた後で、僅に残つてゐる力をたよりに、元の位置に返らうとする、あの止むを得ない「静に」です。私は、無意識ながら予期してゐた抵抗がなかつたので、或不満に似た感情を抱
前へ 次へ
全13ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング