前に、艦長の時計を持つたなり、どこかへ行つてしまつたので、軍艦《ふね》中大騒ぎになりました。一つは、永《なが》の航海で、無聊《ぶれう》に苦んでゐたと云ふ事もあるのですが、当の砲術長はもとより、私たち総出で、事業服のまま、下は機関室から上は砲塔まで、さがして歩く――一通りの混雑ではありません。それに、外の連中の貰つたり、買つたりした動物が沢山あるので、私たちが駈けて歩くと、犬が足にからまるやら、ペリカンが啼き出すやら、ロオプに吊つてある籠の中で、鸚哥《いんこ》が、気のちがつたやうに、羽搏《はばた》きをするやら、まるで、曲馬小屋で、火事でも始まつたやうな体裁です。その中に、猿の奴め、どこをどうしたか、急に上甲板へ出て来て、時計を持つたまま、いきなりマストへ、駈け上らうとしました。丁度そこには、水兵が二三人仕事をしてゐたので勿論、逃がしつこはありません。すぐに、一人が、頸すぢをつかまへて、難なく、手捕りにしてしまひました。時計も、硝子《がらす》がこはれた丈で、大した損害もなくてすんだのです。あとで猿は、砲術長の発案で、満《まる》二日、絶食の懲罰をうけたのですが、滑稽ではありませんか、その期限
前へ
次へ
全13ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング