しがりやうでした。――所が集つた信号兵を見ると、奈良島がゐません。
 僕は、まだ無経験だつたので、さう云ふ事は、まるで知りませんでしたが、軍艦では贓品が出ても、犯人の出ないと云ふ事が、時々あるのださうです。勿論、自殺をするのですが、十中八九は、石炭庫の中で首を縊るので、投身するのは、殆、ありません。最《もつと》も一度、私の軍艦《ふね》では、ナイフで腹を切つたのがゐたさうですが、これは死に切れない中に、発見されて命だけはとりとめたと云ふ事でした。
 さう云ふ事があるものですから、奈良島が見えないと云ふと、将校連も皆|流石《さすが》に、ぎよつとしたやうでした。殊に、今でも眼についてゐるのは、副長の慌て方で、この前の戦争の時には、随分、驍名《げうめい》を馳《は》せた人ださうですが、その顔色を変へて、心配した事と云つたら、はた眼にも笑止《せうし》な位です。私たちは皆、それを見ては、互に、軽蔑の眼を交してゐました。ふだん精神修養の何のと云ふ癖に、あの狼狽《らうばい》のしかたはどうだと云ふ、腹があつたのです。
 そこで、すぐに、副長の命令で、艦内の捜索が始まりました。さうなると、一種の愉快な興奮に
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