》の外の夕日を眺めながら、それを器用に、ぱちつかせた。その夕日の中を、今しがた白丁《はくちょう》が五六人、騒々しく笑い興じながら、通りすぎたが、影はまだ往来に残っている。……
「じゃそれでいよいよけり[#「けり」に傍点]がついたと云う訳だね。」
「所が」翁《おきな》は大仰《おおぎょう》に首を振って、「その知人《しりびと》の家に居りますと、急に往来の人通りがはげしくなって、あれを見い、あれを見いと、罵《ののし》り合う声が聞えます。何しろ、後暗《うしろぐら》い体ですから、娘はまた、胸を痛めました。あの物盗《ものと》りが仕返ししにでも来たものか、さもなければ、検非違使《けびいし》の追手《おって》がかかりでもしたものか、――そう思うともう、おちおち、粥《かゆ》を啜《すす》っても居られませぬ。」
「成程。」
「そこで、戸の隙間《すきま》から、そっと外を覗いて見ると、見物の男女《なんにょ》の中を、放免《ほうめん》が五六人、それに看督長《かどのおさ》が一人ついて、物々しげに通りました。それからその連中にかこまれて、縄にかかった男が一人、所々|裂《さ》けた水干を着て烏帽子《えぼし》もかぶらず、曳かれて参ります。どうも物盗りを捕えて、これからその住家《すみか》へ、実録《じつろく》をしに行く所らしいのでございますな。
「しかも、その物盗りと云うのが、昨夜《ゆうべ》、五条の坂で云いよった、あの男だそうじゃございませぬか。娘はそれを見ると、何故か、涙がこみ上げて来たそうでございます。これは、当人が、手前に話しました――何も、その男に惚《ほ》れていたの、どうしたのと云う訳じゃない。が、その縄目《なわめ》をうけた姿を見たら、急に自分で、自分がいじらしくなって、思わず泣いてしまったと、まあこう云うのでございますがな。まことにその話を聞いた時には、手前もつくづくそう思いましたよ――」
「何とね。」
「観音様へ願《がん》をかけるのも考え物だとな。」
「だが、お爺《じい》さん。その女は、それから、どうにかやって行けるようになったのだろう。」
「どうにか所か、今では何不自由ない身の上になって居ります。その綾や絹を売ったのを本《もと》に致しましてな。観音様も、これだけは、御約束をおちがえになりません。」
「それなら、そのくらいな目に遇っても、結構じゃないか。」
外の日の光は、いつの間にか、黄いろく夕づい
前へ
次へ
全9ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング