り列車が一列、薄い煙を靡《なび》かせながら、うねるやうにこちらへ近づきはじめた。
十四 結婚
彼は結婚した翌日に「来《き》※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》無駄費ひをしては困る」と彼の妻に小言を言つた。しかしそれは彼の小言よりも彼の伯母の「言へ」と云ふ小言だつた。彼の妻は彼自身には勿論、彼の伯母にも詑《わ》びを言つてゐた。彼の為に買つて来た黄水仙の鉢を前にしたまま。……
十五 彼等
彼等は平和に生活した。大きい芭蕉の葉の広がつたかげに。――彼等の家は東京から汽車でもたつぷり一時間かかる或海岸の町にあつたから。
十六 枕
彼は薔薇の葉の匂のする懐疑主義を枕にしながら、アナトオル・フランスの本を読んでゐた。が、いつかその枕の中にも半身半馬神のゐることには気づかなかつた。
十七 蝶
藻の匂の満ちた風の中に蝶が一羽ひらめいてゐた。彼はほんの一瞬間、乾いた彼の唇の上へこの蝶の翅《つばさ》の触れるのを感じた。が、彼の唇の上へいつか捺《なす》つて行つた翅の粉だけは数年後にもまだきらめいてゐた。
十八 月
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