には石塔が幾つも黒《くろず》んでゐた。彼はそれ等の石塔の向うにかすかにかがやいた海を眺め、何か急に彼女の夫を――彼女の心を捉へてゐない彼女の夫を軽蔑し出した。……
二十二 或画家
それは或雑誌の※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《さ》し画《ゑ》だつた。が、一羽の雄鶏の墨画《すみゑ》は著しい個性を示してゐた。彼は或友だちにこの画家のことを尋ねたりした。
一週間ばかりたつた後、この画家は彼を訪問した。それは彼の一生のうちでも特に著しい事件だつた。彼はこの画家の中に誰も知らない詩を発見した。のみならず彼自身も知らずにゐた彼の魂を発見した。
或薄ら寒い秋の日の暮、彼は一本の唐黍《からきび》に忽《たちま》ちこの画家を思ひ出した。丈の高い唐黍は荒あらしい葉をよろつたまま、盛り土の上には神経のやうに細ぼそと根を露《あら》はしてゐた。それは又勿論|傷《きずつ》き易い彼の自画像にも違ひなかつた。しかしかう云ふ発見は彼を憂欝にするだけだつた。
「もう遅い。しかしいざとなつた時には……」
二十三 彼女
或広場の前は暮れかかつてゐた。彼
前へ
次へ
全30ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング