肉体的に」に傍点]彼には不可能だつた。「世紀末の悪鬼」は実際彼を虐《さいな》んでゐるのに違ひなかつた。彼は神を力にした中世紀の人々に羨しさを感じた。しかし神を信ずることは――神の愛を信ずることは到底彼には出来なかつた。あのコクトオさへ信じた神を!

     五十一 敗北

 彼はペンを執《と》る手も震へ出した。のみならず涎《よだれ》さへ流れ出した。彼の頭は〇・八のヴエロナアルを用ひて覚めた後の外は一度もはつきりしたことはなかつた。しかもはつきりしてゐるのはやつと半時間か一時間だつた。彼は唯薄暗い中にその日暮らしの生活をしてゐた。言はば刃のこぼれてしまつた、細い剣を杖にしながら。
[#地から2字上げ](昭和二年六月、遺稿)



底本:「現代日本文学大系43芥川龍之介集」筑摩書房
   1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:細渕紀子
1998年4月23日公開
2004年2月16日修正
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