らゆる文芸は死滅せざるを得ない。伝統は滅びる。しかし過去の死滅した文学もその当時にあつては立派に生きてゐたやうに、将来はいゝものが必ず出来るからといつて現在のプロレタリア文学の不完全を是認出来ないのである。現在でもいゝプロレタリア文学を造らなければならない。それは私といふ人間が早晩死ぬだらうが、現在はこの通り生きてゐる。それは非常に見識の高い人間から見れば私は生きてゐるやうでその実中味は死んでゐるといはれるかも知れないが、ともあれなんといつても私はこの通り生きてゐるやうに、一つの過渡期における産物、将来の足場同様のプロレタリア文学といつても、現在われわれの胸を打つ力のあるものでなければならない。相当芸術作品としてものになつてゐるものでなければならない。佐藤春夫君がプロレタリア文学には生々しい実感がなければならないといつたのも要するにいゝものを、すぐれたプロレタリア文学を求めんとする所の叫びに外ならないと思ふ。
私が文壇においてプロレタリア文学の叫びは三四年来耳にするのであるが、私の目する所をもつてすれば私達の胸を打つプロレタリア文学なるものは未だ嘗て現れないやうであり、又同時にプロレタリア文学は誰の人によつても未だ形ちをもつに至らざる処女地のやうなものであると思ふ。私達今の作家の多くが所謂ブルヂヨア的である故にこれから新しい文学を樹立せんとする新人は大いにプロレタリア文学の処女地を開拓すべきであらうと思ふ。いゝものはいゝのである。プロレタリア文学の完成を私は大いに期待するものである。
底本:「芥川龍之介全集 第十二巻」岩波書店
1996(平成8)年10月8日発行
入力:もりみつじゅんじ
校正:松永正敏
2002年5月17日作成
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