タザアルと其従者とは塔を下つた。それから一斗の没薬を調へ、旅隊をつくつて、星の導く方に出発した。
一行は長い間、見もしらぬ国から国へと旅を続けた。其の間も星は常に一行の前に立つて導いてくれるのである。
或日、三の路が一になる処へ来ると、一行は二人の王が無数の行列を従へて来るのに出遇つた。其一人は若くて美しい顔をしてゐる。
それがバルタザアルに礼をしてかう云ふのである。
『寡人の名はガスパアと云ふ。ユダヤのベツレヘムに生れようとしてゐる小児へ贈物の黄金《きん》を持つて行く所なのだ。』
第二の王が代つて前へ出た。老人で白い髯が胸を掩つてゐる。
『寡人の名はメルキオルと云ふ。人間に真理を教へようとする尊い小児に乳香を持つて行く所なのぢや。』
『寡人も卿等の行く所へ行かなければならぬ。寡人は楽欲に克つた其の為に、星が寡人に言をかけてくれたのだ』とバルタザアルが云つた。
『寡人は驕慢に克つた。寡人の召されたのは其為ぢや』とメルキオルが云つた。
『寡人は虐行に克つた。其故に寡人は卿等と共に行くのだ』とガスパアが云つた。
かくして三人の賢人は共に旅を続けた。東方に見えた星は彼等に先立つて、遂に其小児のゐる所へ来ると、其上に止つた。星の止つてゐるのを見て、彼等は我を忘れて喜んだのである。
家の中に入ると、彼等は小児が母のマリヤと共にゐるのを見た。そこで身をひれ伏して、彼等は其幼な児を礼拝した。それから其財宝をひらいて、金と乳香と没薬とを捧げたのは、福音書に書いてある通りである。
[#地から2字上げ](Mrs. John Lane の英訳より)
底本:「芥川龍之介全集 第一巻」岩波書店
1995(平成7)年11月8日発行
底本の親本:「鼻」春陽堂
1918(大正7)年7月8日発行
入力:earthian
校正:山本奈津恵
1998年11月26日公開
2004年3月17日修正
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