竄、にしてゐるのだ。君には、わしは何一つ分隔《わけへだ》てをしないが、話が話だけに、わしより経験の浅い人に話しをするのは、実はどうかとも思つてゐる。何しろわしの話の顛末《いきさつ》は、余り不思議なので、わしが其事件に現在関係してゐたとは自分ながらわしにも殆ど信じる事が出来ぬ。わしは三年以上、最も不可思議な、そして、最も奇怪な幻惑の犠牲になつてゐたのである。
わしはみじめな田舎の僧侶をしてゐたが、毎夜、夢には――わしはそれが悉く夢ならむ事を祈つてゐるが――最も五慾に染んだ、呪ふ可き生活を、云はゞサルダナパルスの生活を送つてゐた。そして或女をうつかり一目見たばかりに、危《あぶな》くわしの霊魂を地獄に堕す所だつたが、幸にも神の恵と、わしを加護してくれた聖徒の扶けとによつて、遂にわしは、わしに附いてゐた悪魔の手から免れる事が出来た。思へばわしの昼の生活は、長い間、全く性質の異つた夜の生活と、織り交ぜられてゐたのである。昼間は、わしは祈祷と神聖な事物とに忙しい神の僧侶であるが、夜、眼をつぶる刹那からは、忽《たちま》ち若い貴族になつてしまふ。女と犬と馬とにかけては、眼のない人間になつてしまふ。博
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