が落ちて来たが、――もしや御嬢さんの手紙じゃないか?」
 こう呟《つぶや》いた遠藤は、その紙切れを、拾い上げながらそっと隠した懐中電燈を出して、まん円《まる》な光に照らして見ました。すると果して紙切れの上には、妙子が書いたのに違いない、消えそうな鉛筆の跡があります。

「遠藤サン。コノ家《うち》ノオ婆サンハ、恐シイ魔法使デス。時々真夜中ニ私《わたくし》ノ体ヘ、『アグニ』トイウ印度ノ神ヲ乗リ移ラセマス。私ハソノ神ガ乗リ移ッテイル間中、死ンダヨウニナッテイルノデス。デスカラドンナ事ガ起ルカ知リマセンガ、何デモオ婆サンノ話デハ、『アグニ』ノ神ガ私ノ口ヲ借リテ、イロイロ予言ヲスルノダソウデス。今夜モ十二時ニハオ婆サンガ又『アグニ』ノ神ヲ乗リ移ラセマス。イツモダト私ハ知ラズ知ラズ、気ガ遠クナッテシマウノデスガ、今夜ハソウナラナイ内ニ、ワザト魔法ニカカッタ真似《まね》ヲシマス。ソウシテ私ヲオ父様ノ所ヘ返サナイト『アグニ』ノ神ガオ婆サンノ命ヲトルト言ッテヤリマス。オ婆サンハ何ヨリモ『アグニ』ノ神ガ怖《こわ》イノデスカラ、ソレヲ聞ケバキット私ヲ返スダロウト思イマス。ドウカ明日《あした》ノ朝モウ一度、オ
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