ったと思うと、息もしないように坐っていた妙子は、やはり眼をつぶったまま、突然口を利《き》き始めました。しかもその声がどうしても、妙子のような少女とは思われない、荒々しい男の声なのです。
「いや、おれはお前の願いなぞは聞かない。お前はおれの言いつけに背《そむ》いて、いつも悪事ばかり働いて来た。おれはもう今夜限り、お前を見捨てようと思っている。いや、その上に悪事の罰を下してやろうと思っている」
婆さんは呆気《あっけ》にとられたのでしょう。暫くは何とも答えずに、喘《あえ》ぐような声ばかり立てていました。が、妙子は婆さんに頓着《とんじゃく》せず、おごそかに話し続けるのです。
「お前は憐《あわ》れな父親の手から、この女の子を盗んで来た。もし命が惜しかったら、明日《あす》とも言わず今夜の内に、早速この女の子を返すが好《よ》い」
遠藤は鍵穴に眼を当てたまま、婆さんの答を待っていました。すると婆さんは驚きでもするかと思いの外《ほか》、憎々しい笑い声を洩《も》らしながら、急に妙子の前へ突っ立ちました。
「人を莫迦《ばか》にするのも、好《い》い加減におし。お前は私を何だと思っているのだえ。私はまだお前
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