吉助の顔が、その時はまるで天上の光に遍照《へんしょう》されたかと思うほど、不思議な威厳に満ちていたと云う事であった。
二
奉行《ぶぎょう》の前に引き出された吉助《きちすけ》は、素直に切支丹宗門《きりしたんしゅうもん》を奉ずるものだと白状した。それから彼と奉行との間には、こう云う問答が交換された。
奉行「その方どもの宗門神《しゅうもんしん》は何と申すぞ。」
吉助「べれん[#「べれん」に傍線]の国の御若君《おんわかぎみ》、えす・きりすと[#「えす・きりすと」に傍線]様、並に隣国の御息女《ごそくじょ》、さんた・まりや[#「さんた・まりや」に傍線]様でござる。」
奉行「そのものどもはいかなる姿を致して居《お》るぞ。」
吉助「われら夢に見奉るえす・きりすと[#「えす・きりすと」に傍線]様は、紫の大振袖《おおふりそで》を召させ給うた、美しい若衆《わかしゅ》の御姿《おんすがた》でござる。まったさんた・まりや[#「さんた・まりや」に傍線]姫は、金糸銀糸の繍《ぬい》をされた、襠《かいどり》の御姿《おんすがた》と拝《おが》み申す。」
奉行「そのものどもが宗門神となったは、いかなる謂《いわ》れがあるぞ。」
吉助「えす・きりすと[#「えす・きりすと」に傍線]様、さんた・まりや[#「さんた・まりや」に傍線]姫に恋をなされ、焦《こが》れ死《じに》に果てさせ給うたによって、われと同じ苦しみに悩むものを、救うてとらしょうと思召し、宗門神となられたげでござる。」
奉行「その方はいずこの何ものより、さような教を伝授《でんじゅ》されたぞ。」
吉助「われら三年の間、諸処を経めぐった事がござる。その折さる海辺《うみべ》にて、見知らぬ紅毛人《こうもうじん》より伝授を受け申した。」
奉行「伝授するには、いかなる儀式を行うたぞ。」
吉助「御水《おんみず》を頂戴致いてから、じゅりあの[#「じゅりあの」に傍線]と申す名を賜《たまわ》ってござる。」
奉行「してその紅毛人は、その後いずこへ赴いたぞ。」
吉助「されば稀有《けう》な事でござる。折から荒れ狂うた浪を踏んで、いず方へか姿を隠し申した。」
奉行「この期《ご》に及んで、空事《そらごと》を申したら、その分にはさし置くまいぞ。」
吉助「何で偽《いつわり》などを申上ぎょうず。皆|紛《まぎ》れない真実でござる。」
奉行は吉
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