でに五六歩彼の戸口を離れている。ヨセフは、茫然として、ややともすると群集にまぎれようとする御主《おんあるじ》の紫の衣を見送った。そうして、それと共に、云いようのない後悔の念が、心の底から動いて来るのを意識した。しかし、誰一人彼に同情してくれるものはない。彼の妻や子でさえも、彼のこの所作《しょさ》を、やはり荊棘《いばら》の冠をかぶらせるのと同様、クリストに対する嘲弄《ちょうろう》だと解釈した。そして往来の人々が、いよいよ面白そうに笑い興じたのは、無理もない話である。――石をも焦がすようなエルサレムの日の光の中に、濛々と立騰《たちのぼ》る砂塵《さじん》をあびせて、ヨセフは眼に涙を浮べながら、腕の子供をいつか妻に抱《だ》きとられてしまったのも忘れて、いつまでも跪《ひざまず》いたまま、動かなかった。……「されば恐らく、えるされむは広しと云え、御主《おんあるじ》を辱《はずかし》めた罪を知っているものは、それがしひとりでござろう。罪を知ればこそ、呪もかかったのでござる。罪を罪とも思わぬものに、天の罰が下ろうようはござらぬ。云わば、御主を磔柱《はりき》にかけた罪は、それがしひとりが負うたようなものでござる。但し罰をうければこそ、贖《あがな》いもあると云う次第ゆえ、やがて御主の救抜《きゅうばつ》を蒙るのも、それがしひとりにきわまりました。罪を罪と知るものには、総じて罰と贖《あがな》いとが、ひとつに天から下るものでござる。」――「さまよえる猶太人」は、記録の最後で、こう自分の第二の疑問に答えている。この答の当否を穿鑿《せんさく》する必要は、暫くない。ともかくも答を得たと云う事が、それだけですでに自分を満足させてくれるからである。
「さまよえる猶太人」に関して、自分の疑問に対する答を、東西の古文書《こもんじょ》の中に発見した人があれば、自分は切《せつ》に、その人が自分のために高教を吝《おし》まない事を希望する。また自分としても、如上の記述に関する引用書目を挙げて、いささかこの小論文の体裁を完全にしたいのであるが、生憎《あいにく》そうするだけの余白が残っていない。自分はただここに、「さまよえる猶太人」の伝記の起源が、馬太伝《またいでん》の第十六章二十八節と馬可伝《まこでん》の第九章一節とにあると云うベリンググッドの説を挙げて、一先ずペンを止《とど》める事にしようと思う。
[#地から1字上
前へ 次へ
全9ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング