るのではなからうか。さうして、その近くに浮いてゐる、白い舟には、兎が乗つてゐるのではなからうか。
老人は、涙にぬれた眼をかがやかせて、海の上の兎を扶《たす》けるやうに、高く両の手をさしあげた。
見よ。それと共に、花のない桜の木には、貝殻《かひがら》のやうな花がさいた。あけ方の半透明な光にあふれた空にも、青ざめた金《きん》いろの日輪が、さし昇つた。
童話時代の明け方に、――獣性の獣性を亡ぼす争ひに、歓喜する人間を象徴しようとするのであらう、日輪は、さうして、その下にさく象嵌《ざうがん》のやうな桜の花は。
底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:土屋隆
校正:松永正敏
2007年6月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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