月ばかり、土の牢に彼等を入れて置いた後《のち》、とうとう三人とも焼き殺す事にした。(実を云えばこの代官も、世間一般の人々のように、一国の安危に関《かかわ》るかどうか、そんな事はほとんど考えなかった。これは第一に法律があり、第二に人民の道徳があり、わざわざ考えて見ないでも、格別不自由はしなかったからである。)
じょあん[#「じょあん」に傍線]孫七《まごしち》を始め三人の宗徒《しゅうと》は、村はずれの刑場《けいじょう》へ引かれる途中も、恐れる気色《けしき》は見えなかった。刑場はちょうど墓原《はかはら》に隣った、石ころの多い空き地である。彼等はそこへ到着すると、一々罪状を読み聞かされた後《のち》、太い角柱《かくばしら》に括《くく》りつけられた。それから右にじょあんな[#「じょあんな」に傍線]おすみ、中央にじょあん[#「じょあん」に傍線]孫七、左にまりや[#「まりや」に傍線]おぎんと云う順に、刑場のまん中へ押し立てられた。おすみは連日の責苦《せめく》のため、急に年をとったように見える。孫七も髭《ひげ》の伸びた頬《ほお》には、ほとんど血の気《け》が通《かよ》っていない。おぎんも――おぎんは二人に比《くら》べると、まだしもふだんと変らなかった。が、彼等は三人とも、堆《うずたか》い薪《たきぎ》を踏《ふ》まえたまま、同じように静かな顔をしている。
刑場のまわりにはずっと前から、大勢《おおぜい》の見物が取り巻いている。そのまた見物の向うの空には、墓原の松が五六本、天蓋《てんがい》のように枝を張っている。
一切《いっさい》の準備の終った時、役人の一人は物々《ものもの》しげに、三人の前へ進みよると、天主のおん教を捨てるか捨てぬか、しばらく猶予《ゆうよ》を与えるから、もう一度よく考えて見ろ、もしおん教を捨てると云えば、直《すぐ》にも縄目《なわめ》は赦《ゆる》してやると云った。しかし彼等は答えない。皆遠い空を見守ったまま、口もとには微笑《びしょう》さえ湛《たた》えている。
役人は勿論見物すら、この数分の間《あいだ》くらいひっそりとなったためしはない。無数の眼はじっと瞬《またた》きもせず、三人の顔に注がれている。が、これは傷《いたま》しさの余り、誰も息を呑んだのではない。見物はたいてい火のかかるのを、今か今かと待っていたのである。役人はまた処刑《しょけい》の手間どるのに、すっかり退屈し切っていたから、話をする勇気も出なかったのである。
すると突然一同の耳は、はっきりと意外な言葉を捉《とら》えた。
「わたしはおん教を捨てる事に致しました。」
声の主はおぎんである。見物は一度に騒《さわ》ぎ立った。が、一度どよめいた後《のち》、たちまちまた静かになってしまった。それは孫七が悲しそうに、おぎんの方を振り向きながら、力のない声を出したからである。
「おぎん! お前は悪魔《あくま》にたぶらかされたのか? もう一辛抱《ひとしんぼう》しさえすれば、おん主《あるじ》の御顔も拝めるのだぞ。」
その言葉が終らない内に、おすみも遥《はる》かにおぎんの方へ、一生懸命な声をかけた。
「おぎん! おぎん! お前には悪魔がついたのだよ。祈っておくれ。祈っておくれ。」
しかしおぎんは返事をしない。ただ眼は大勢《おおぜい》の見物の向うの、天蓋《てんがい》のように枝を張った、墓原《はかはら》の松を眺めている。その内にもう役人の一人は、おぎんの縄目を赦《ゆる》すように命じた。
じょあん[#「じょあん」に傍線]孫七はそれを見るなり、あきらめたように眼をつぶった。
「万事にかない給うおん主《あるじ》、おん計《はか》らいに任せ奉る。」
やっと縄を離れたおぎんは、茫然《ぼうぜん》としばらく佇《たたず》んでいた。が、孫七やおすみを見ると、急にその前へ跪《ひざまず》きながら、何も云わずに涙を流した。孫七はやはり眼を閉じている。おすみも顔をそむけたまま、おぎんの方は見ようともしない。
「お父様《とうさま》、お母様《かあさま》、どうか勘忍《かんにん》して下さいまし。」
おぎんはやっと口を開いた。
「わたしはおん教を捨てました。その訣《わけ》はふと向うに見える、天蓋のような松の梢《こずえ》に、気のついたせいでございます。あの墓原の松のかげに、眠っていらっしゃる御両親は、天主のおん教も御存知なし、きっと今頃はいんへるの[#「いんへるの」に傍線]に、お堕《お》ちになっていらっしゃいましょう。それを今わたし一人、はらいそ[#「はらいそ」に傍線]の門にはいったのでは、どうしても申し訣《わけ》がありません。わたしはやはり地獄《じごく》の底へ、御両親の跡《あと》を追って参りましょう。どうかお父様やお母様は、ぜすす[#「ぜすす」に傍線]様やまりや[#「まりや」に傍線]様の御側《おそば》へお出でなすって下
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