に住む巨人のものである。
が、容赦のないリアリズムを用い尽した後、菊池は人間の心の何処に、新道徳の礎を築き上げるのであろう? 美は既に捨ててしまった。しかし真と善との峰は、まだ雪をかぶった儘深谷を隔てているかも知れぬ。菊池の前途もこの意味では艱険《かんけん》に富んでいそうである。巴里や倫敦を見て来た菊池、――それは会っても会わないでも好い。わたしの一番会いたい彼は、その峰々に亘るべき、不思議の虹を仰ぎ見た菊池、――我々の知らない智慧の光に、遍照された菊池ばかりである。
底本:「大川の水・追憶・本所両国 現代日本のエッセイ」講談社文芸文庫、講談社
1995(平成7)年1月10日第1刷発行
底本の親本:「芥川龍之介全集 第一〜九、一二巻」岩波書店
1977(昭和52)年7、9〜12月、1978(昭和53)年1〜4、7月初版発行
入力:向井樹里
校正:門田裕志
2005年2月20日作成
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