ガラスのよごれ
夜の向ふ[#「ふ」に「ママ」の注記]に広い海のある夢を見た
私は毎日一人で部屋の中にゐた
そして 一日づつ日を暮らした
秋は漸くふかく
私は電燈をつけたまゝでなければ眠れない日が多くなつた
夜
私は夜を暗い異様に大きな都会のやうなものではあるまいかと思つてゐる
そして
何処を探してももう夜には昼がない
窓の人
窓のところに肘をかけて
一面に広がつてゐる空を眼を細くして街の上あたりにせばめてゐる
お[#「お」に「ママ」の注記]可しな春
たんぽぽが咲いた
あまり遠くないところから楽隊が聞えてくる
愚かなる秋
秋空が晴れて
縁側に寝そべつてゐる
眼を細くしてゐる
空は見えなくなるまで高くなつてしまへ
秋色
部屋に入つた蜻蛉が庇を出て行つた
明るい陽ざしであつた
幻影
秋は露路[#「路」に「ママ」の注記]を通る自転車が風になる
うす陽がさして
ガラス窓の外に昼が眠つてゐる
落葉が散らばつている
雨の祭日
雨が降ると
街はセメントの匂ひが漂ふ
×
雨は
電車の足をすくはふ[#「ふ」に「ママ」の注記]とする
×
自動車が
雨を咲かせる
街は軒なみに旗を立てゝゐる
夜がさみしい
眠れないので夜が更ける
私は電燈をつけたまゝ仰向けになつて寝床に入つてゐる
電車の音が遠くから聞えてくると急に夜が糸のやうに細長くなつて
その端に電車がゆはへ[#「へ」に「ママ」の注記]ついてゐる
夢
眠つている私の胸に妻の手が置いてあつた
紙のやうに薄い手であつた
何故私は一人の少女を愛してゐるのであつたらう
雨が降る
夜の雨は音をたてゝ降つてゐる
外は暗いだらう
窓を開けても雨は止むまい
部屋の中は内から窓を閉ざしてゐる
後記
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こゝに集めた詩篇は四五篇をのぞく他は一昨年の作品なので、今になつてみるとなんとなく古くさい。去年は二三篇しか詩作をしなかつた。大正十四年の末に詩集「色ガラスの街」を出してから四年経つてゐる。
この集は去年の春に出版される筈であつた。これらの詩篇は今はもう私の掌から失くなつてしまつてゐる。どつちかといふと、厭はしい思ひでこの詩集を出版する。私には他によい思案がない。で、この集をこと新らしく批評などをせずに、これはこのまゝそつと眠らして置い
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