夕暮れ近い頃である
一日中雨が降つてゐた

泣いてゐる松の木であつた


初夏一週間(恋愛後記)

つよい風が吹いて一面に空が曇つてゐる
私はこんな日の海の色を知つてゐる

歯の痛みがこめかみの上まで這ふやうに疼いてゐる

私に死を誘ふのは活動写真の波を切つて進んでゐる汽船である
夕暮のやうな色である

×

昨日は窓の下に紫陽花を植ゑ 一日晴れてゐた


原の端の路

夕陽がさして
空が低く降りてゐた

枯草の原つぱに子供の群がゐた
見てゐると――
その中に一人鬼がゐる


十二月の昼

飛行船が低い

湯屋の煙突は動かない


親と子

太鼓は空をゴム鞠にする
でんでん と太鼓の音が路からあふれてきて眠つてゐた子をおこしてしまつた

飴売は
「今日はよい天気」とふれてゐる
私は
「あの飴はにがい」と子供におしへた

太鼓をたゝかれて
私は立つてゐられないほど心がはずむのであつたが
眼をさました子供が可哀い[#「い」に「ママ」の注記]さうなので一緒に縁側に出て列らんだ

菊の枯れた庭に二月の空が光る

子供は私の袖につかまつてゐる




太陽には魚のやうにまぶたがない




昼の時計は明るい


夜 疲れてゐる晩春

啼いてゐる蛙に辞書のやうな重い本をのせや[#「や」に「ママ」の注記]う
遅い月の出には墨を塗つてしまふ[#「ふ」に「ママ」の注記]

そして
一晩中電灯をつけておかう


かなしめる五月

たんぽぽの夢に見とれてゐる

兵隊がラツパを吹いて通つた
兵隊もラツパもたんぽぽの花になつた


床に顔をふせて眼をつむれば
いたづらに体が大きい


無聊な春

鶏が鳴いて昼になる

梅の実の青い昼である
何処からとなくうす陽がもれてゐる

×

食ひたりて私は昼飯の卓を離れた


日一日とはなんであるのか

どんなにうまく一日を暮し終へても
夜明けまで起きてゐても
パンと牛乳の朝飯で又一日やり通してゐる

彗星が出るといふので原まで出て行つてゐたら
「皆んなが空を見てゐるが何も落ちて来ない」と暗闇の中で言つてゐる男がゐた
その男と私と二人しか原にはゐなかつた
その男が帰つた後すぐ私も家へ入つた


郊外住居

街へ出て遅くなつた
帰り路 肉屋が万国旗をつるして路いつぱいに電灯をつけたまゝ
ひつそり寝静まつてゐた

私はその前を通つて全身を照らされた

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