『そいつはおばあさま、新にさう云って割って貰はにゃそのまんまぢゃ大き過ぎるで……』
『なに、大きいやつを一つくべとくと火持ちがいいで……』
 老婆は頑固さうな口調で云った。
『火持ちはいいが、なんしろ危ないで……よっぽど気を付けんと火のやうな怖《お》かないものはない……』
 老婆は素直に頷づいた。
 前に幾度か火の粗相があったので、火といふとかめよもくどかった。
 炉端へ置いたものへ火が移ってブスブスと燃えはじめ危ふい所をかめよがふと見付けたのも遂最近の事だった。老婆は只ウロウロとしてゐた。ひとりで始末をつけようとしてゐるのだった。それが危ぶないので大事になる因《もと》だと、かめよもその時は気が立ってゐたのでづけづけとしたことを云った。
『そんなに云はんたってもうぢき死ぬわい!』
 老婆は悲しい絶望的な気持から思はずそんな言葉を云って了った。
『おばあさまったらそんなをかしなことを云って……なんにも俺は無理を云ふつもりぢゃない。おばあさまの為には出来る丈のことをするつもりでをるんぢゃあないかな!」
 かめよの荒い言葉にはしかし真情が籠ってゐた。老婆はそれを聞くと叱られた子供のやうに泣き上げたくなった。そしてポツリと一すぢ涙が頬の皺を醜く流れた。
 何と云ってもこの家で老婆の頼りにする人は嫁のかめよだった。この家丈ではない、老婆にはどこにも誰一人も他に頼りにする人はなかった。
 もう五、六年仕事らしい仕事も出来ず気儘にブラブラしてゐて、その上この冬の流行性感冒を誰よりも重く病んだ老婆は、今度こそむづかしいと云はれて風邪はお互ひだからと云ふ事にしてある近処の者も代る代る義理に集る程だったが、看病が行届いたのか、生き強いと云ふのか、腰も立たぬ程の大病みも暖かくなるに連れて又持ち直し、もう一度起き上る身になった。しかし流石に八十幾つといふ年が年なのでめっきり弱り込んで了った。
 老婆がこの家へ来たのは六十を越えてからだった。六十の坂を越えてから他人の家へ後妻として入る迄には、老婆も色々な世間を渡って云ひ尽せない苦労の中も通って来た身だった。初めこの家へ老婆を世話したのは町の筆屋の勝野老人だった。
『根は愚かだけれど極くの正直者で……』
 勝野老人は不仕合せな老婆の身の上を語った。みより[#「みより」に丸傍点]のないと云ふのが却ってこちらには乗気だった。
『山の中の御大家だ!
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