やってよけりゃあ、わたしがやるよ。……そんなことをした日にゃあ、店の品《しな》もんが安っぽくなってしょうがないじゃあないか。」
 要吉は、そんなことを思いだすと、みすみすすてるもんだとは思いながらも、貧乏《びんぼう》なおばあさんや子どもに対《たい》しても、みかんひとつまけてやることができませんでした。
 要吉は、なんということなく、毎日毎日の自分の仕事がつまらなくってたまらなくなるのでした。
 要吉は、また、ある日、おやしきへ御用聞きにいきました。すると、ちょうどお勝手口へでていた女中が、まっ黒くなったバナナをごみ箱へすてていました。
「おや、どうなすったんですか。こないだお届《とど》けしたのは新しかったはずですが。」
 要吉は、びっくりして聞きました。[#「ました。」は底本では「ました」]
「なあに、これは、もうせんにとっといたのよ。」と女中はいいました。「到来《とうらい》ものやなんかが多《おお》くって、奥《おく》でめし上がらなかったもんで、しまっといてくさらしちゃったのさ。」
 女中は平気《へいき》な顔でいいました。しかし要吉はなんともいえないくやしい気がしました。
「もったいない話ですね。そんなにならないうちに、だれかめし上がる方《かた》はないんですか。」
「ああ、お許《ゆる》しがでないとあたしたちもいただけやしないからね。それに、」と、女中は妙《みょう》な顔をして笑いながらいいました。「そんなに心配《しんぱい》しなくったっていいわよ。こっちでかってにくさらしたんだから、またいくらでもとってあげるわよ。お金さえ払《はら》やぁ、おまえさんの商売に損《そん》はないじゃあないの。」
「それはそうですけれど……」
 要吉は、なんとなくむかむかするといっしょに悲《かな》しい気持になりました。店でくさらせるばかりでなく、こうして、おやしきの台所《だいどころ》へきても、まだ、たべる人もなくくさらせる。大ぜいの人びとの手をかけて、やっとのことでここまで運《はこ》ばれてきたとおとい品物《しなもの》がだれにもたべてもらえずにくさっていく。ただ、ごみ箱へすてられるためにばかり運ばれてくるとして、それでいいものだろうか。しかし、一方《いっぽう》には、くさりかけた一山いくらのものでさえも、十分《じゅうぶん》にはたべられない人びとが大ぜいいるのに。
「ああ、今夜《こんや》もまた、あのやぶへ、くさりものをすてにいかなければならないのか。」
 そう思うと、要吉《ようきち》はなんともいえないいやな気持になりました。商売《しょうばい》というものが、どうしても、こういうことを見越《みこ》してしなければならないものだったら、なんといういやなことだろう。
 しかし、要吉は、水菓子屋の店をとびだすわけにはいきませんでした。要吉が徴兵検査《ちょうへいけんさ》まで勤《つと》めあげるという約束《やくそく》で、要吉の父は、水菓子屋の主人から何百円かのお金をかりたのです。
 いくら考えても、要吉には、商売のためにはたべられるものを、くさらせていいというりくつ[#「りくつ」に傍点]はわかりませんでした。
「大きくなったらわかるだろう。」要吉はそういって自分をなぐさめるよりほかはありませんでした。
「それに年期《ねんき》があけたら、自分でひとつ店をだすんだ。そうすればけっして、品物をむざむざとくさらせるようなことはしやしない。くさりそうだったら、ただでも人にたべてもらう。」
 要吉はそうも考えてみました。しかし、それは、要吉が大きくなってみなければ、できることだかどうだかわかりません。
「……その上に、おやしきなどで、たべもせずにすててしまうのは、いったいどうしたことだろう。」
 これは、なおさら要吉ひとりきりでは解決《かいけつ》できない問題《もんだい》でした。要吉は、女中の平気《へいき》な顔を思いだすと、ただなんとなく、腹がたってたまりませんでした。
「みんな、もののねうちをしらないんだ。」
 要吉はしばらくしてこうつぶやきました。しかしそれだけでは要吉の胸の中につかえている重くるしい塊《かたまり》は少しも軽くはなりませんでした。[#地付き](昭3・7)



底本:「赤い鳥代表作集 2」小峰書店
   1958(昭和33)年11月15日第1刷
   1982(昭和57)年2月15日第21刷
初出:「赤い鳥」赤い鳥社
   1928(昭和3)年7月号
入力:林 幸雄
校正:川山隆
2008年4月9日作成
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