帽子がポンと飛びました。それでも、はッと思う間もなく、またヒョイと帽子が、もとの通り、御主人の頭にかぶさったのは仕合せでした。
 ポピイは、つぎはぎだらけのタイヤが、ペシャンコになったのもかまわず、びゅうびゅうと赤オートバイの後をつけました。今度は公園です。曲りくねっている道が、じれったくてたまらないので、ポピイはまん中の大きな池へザブンと飛びこみました。ポピイは、そのまま水の中をザブザブとまっすぐに駈《か》けぬけて、電車通りへ飛び出しました。赤オートバイは、また、チラチラと、うしろを見せながら人ごみへ隠れてしまいました。ポピイは、もう夢中です。走って来る電車の前をすれすれに走りぬけたり、もう少しで満員の乗合自動車と衝突しそうになったり見ていてもハラハラするようです。歩いている人たちは、あわてて、道の両側にある店の日除《ひよ》けの下へ逃げこんで、びっくりしてあとを見送っていました。それよりも、おどろいたのは御主人です。
「助けて下さい。誰《だれ》か、この自動車をとめて下さい。」
 ハンドルを、しっかりと握りながら、御主人は真青《まっさお》になって叫びました。交通巡査は、すぐに黄色いオートバイに飛び乗ってあとを追いかけました。
 それでも、とうとうポピイは、人を轢《ひ》かずに、ある貸車庫の前で止りました。赤いオートバイが、その中にはいったからです。
 ポピイは、ぐったりすると一しょに、きまりが悪くって情《なさけ》なくってたまりませんでした。あんなにまでして追いかけたオートバイは、モーティではなかったのです。
 御主人はポピイの心もちを御存じないものですから、ただ機械がくるったのだと思って、その場で、すぐにハンドルだのギーアだのをすっかり、新しいのに取りかえて下さいました。で、もう二度と、あんな危《あぶ》ないことは起る筈《はず》がないと固く信じていらっしゃいます。
 全《まった》く、それから後《のち》は、ポピイは一度だって、勝手に走りまわったことはありませんでした。しかし、それは、ポピイが、もう、モーティを探《さが》すことをあきらめたからなのです。ピリイも、もうすっかりあきらめてしまいました。

        七

 その内にまた一と月もたちました。
 ポピイとピリイとは、時々、モーティのことを思い出しては、お互いに、そっと、ため息をついていました。
 ところがある朝のことです。いつものように車庫の扉《とびら》が外からギイッと開《あ》くと、二人《ふたり》は、びっくりして眼を見張りました。
 そこには、モーティが、赤い塗りたてのサイドカアまでつけて、いせいよく立っているのです。
 二人は、嬉《うれ》しくって暫《しばら》くは、ものも言えませんでした。するとモーティが、すっかり大人《おとな》らしくなった太い声で言いました。
「しばらく。――お父《と》ッつァん。おッ母《か》さん。僕、妹をつれて来たからよろしく頼むよ。」
 ポピイもピリイも、びっくりしてしまいました。何て、ぞんざいな口をきくのでしょう。あんなに心配をさせておきながら、まだお行儀も直らないのかしら、困ったものだと思いました。しかし、それよりも、第一に、長い間欲しがっていた女の子までも出来たのだから、ありがたいことだと思い直して、モーティには別に、こごとも言いませんでした。
 しかしモーティも馬鹿ではありません。お父さまやお母さまが、何《なん》にもおこごともおっしゃらず、前の通りにやさしくして下さるのを見ると、自分の悪かったことが、しみじみと分って来ました。モーティは、今では、もとのように可愛《かわい》いすなおないいモーティです。そして、四人で一つの車庫の中に、仲よく賑《にぎ》やかに暮しております。



底本:「赤い鳥傑作集」新潮文庫、新潮社
   1955(昭和30)年6月25日発行
   1974(昭和49)年9月10日29刷改版
   1989(平成元)年10月15日48刷
底本の親本:「赤い鳥」復刻版、日本近代文学館
   1968(昭和43)〜1969(昭和44)年
初出:「赤い鳥」
   1926(大正15)年11月号
入力:林 幸雄
校正:鈴木厚司
2002年1月3日公開
2005年9月25日修正
青空文庫作成ファイル:
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