れないかね。」とポピイが言いました。
「ええ、おじちゃん。何にでもなりますよ。」
 小さなオートバイは、やっぱり「養子」とは何のことか分らなかったのですが、おじさんが、いいおじさんらしいので、安心してこう言ったのです。
「何て、すなおな子でしょう。」ピリイは小声でポピイに言いました。「この子の親たちは、きっと、りっぱな車に相違ありませんよ。」
「それから、何ていうの、お前さんの名前は?」
「僕、モーティです。」オートバイが言いました。
「それだけなの?」ピリイが聞き返しました。
「だって、それだけしか知らないんですもの。」
 少し慣れて来たオートバイは、今度はちょっと、むっつりしてこう言いましたが、嬉《うれ》しくって嬉しくってたまらない二人は、気にも止めませんでした。
「養子ってなアに。え、おばちゃん。」
 しばらくして、モーティは、こう聞きました。ポピイとピリイは顔を見合せて笑い出しました。
「この子は、まだ何《なん》にも知らないんだよ。」
 ピリイは、かえって、それが好都合だと思いました。で、くわしく、わけを話して聞かせました。養子というのは、私たちの子になることだ、そうすればみんなと一しょに、この車庫の中で暮して、水でもガソリンでも何でも、好きなものは、どっさり上げて可愛《かわい》がって上げるのだと言って聞かせました。
「じゃア、タイヤの中の空気も?」
 モーティは、自分が、よく気がつくところをお父さまやお母さまに見ていただきたいと思って言いました。
「それは、もちろんですよ。それにお屋敷の坊ちゃまが、毎日お前を運動につれてって下さるんだよ。」で、その日からモーティは、二人の子になりました。

        四

 ポピイとピリイとは、それはそれはモーティを可愛がりました。モーティは、気転のきいたいい子でしたが、あんまり大事にされるのでだんだん甘ったれて来ました。しまいには少々つけ上って来ました。自分が、すばしっこいのを自慢にして口のきき方までが、ぞんざいになって来ました。あんまり、出すぎたいたずらをして、叱《しか》られた時などにも、あべこべに腹を立てて、お父さまたちに向って「ボロ自動車」などと悪口をいうようになりました。そのたんび親たちは顔を赤くしました。
 モーティは、ガソリンや水を、うんと飲んで、ずんずん大きくなりました。で、自分は、もう大人《おとな》になったつもりで、外へ出かけるのにも黙って出るようになりました。たまには、夜おそくなってから帰って来るようなこともありました。
 ある日、モーティは、朝早くからお坊ちゃまと一しょに出かけたきり、夜になっても帰って来ませんでした。その日は、陸軍の大演習で朝から晩まで飛行機が、とんぼのように空を飛びまわっていましたので、誰《だれ》でもお家にじっとしていられないような日でした。ですから、モーティも、そんなことで夢中になっているのだろうと思っていましたが、あくる日になっても、まだ帰って来ませんでした。
 二人の自動車は一晩中寝ずに待っていました。ピリイは、あんまり泣いたもので、放熱器《レディエイター》の水がすっかりなくなってしまいました。で、ひどく頭がほてって、怒《おこ》りっぽくなってしまいました。次の日ピリイに乗ってお出かけになった奥さまは、行く先々でピリイの頭へ、バケツに何ばいも何ばいも水を、ぶっかけなければなりませんでした。
「いつも、おとなしい車なのに、今日は、どうしたんでしょう。ちょっとしたことにもすぐに、湯気をシュッシュッとふき出して、じきに放熱器《レディエイター》の水が乾《かわ》いてしまうんですよ。」
 奥さんは、その晩、御飯を召し上りながら、御主人にお話になりました。
「いや、私のポピイも、今日は、よほどへんだったよ。」と御主人もおっしゃいました。「横丁さえ見れば曲りたがるんだ。ハンドルをいくら抑《おさ》えてもきかないんだ。どうもへんだよ。」
 それでも次の日、御主人は、またポピイに乗ってお出かけになりました。ポピイは、また、一生けんめい、モーティを探《さが》そうと、あっちの横丁、こっちの裏通りを覗《のぞ》き覗き歩きました。で、とうとう、うっかり、ガラスのかけらの上に乗り上げてタイヤをパンクしてしまいました。御主人こそいい災難です。――ポピイは、御主人と一しょに夜遅くなって、ようやくお屋敷へ帰りました。

        五

 それから、また幾日もたちました。でも、まだモーティは帰って来ません。ポピイとピリイとは、がっかりして、すっかり元気がなくなってしまいました。
「ひょっとしたら、モーティは盗まれて、古自動車屋へでも売られたんではないでしょうか。」
「よし、その内、御主人のおともをして、下町の方へ出ることがあるだろうから、その時は、思い切ってガラクタ屋
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