悪しく祖父が起き出てきた。
「何や、何や?」と祖父は、手紙をひったくるなり念仏の様に音読して「外道奴」と唾をとばし、再び音読して「情けないこっちゃ、この下手糞な字を見たれ!」と、泣声で呟やいた。
「へへへどうも……」他国者らしい男は懐から風呂敷を出して下品に笑い、袖口からのぞく入墨に似気ない猫撫声を出した。
「何しろ、このいたずら[#「いたずら」に傍点]って奴は『目』でしてね、へへへその運ですね、此方の旦那なんざあ、仲々どうして素人衆にしちゃ上手なもんですが、何分、今言った様な次第で、今夜はその目ってのが無く、それに、あせって追っかけなすったもんですから無理な借りまで背負いこんだ様な訳でして、この落目の時の追っかけってのはまた不思議と!」
「ええ、ゴタゴタ言わんといてくれッ」と祖父は男をグイと睨みつけて、母に怒鳴った。
「糸ッ、何を泣いてるのや、早《はよ》出してやらんかい。わい[#「わい」に傍点]の紋付も絹の外出着《よそゆき》も、皆包んでやれ、ほほたら、少しは性根にこたえるやろ」

 男が出て行くと、祖父は通りの悪い煙管を岬の様に唇を尖がらせて吹きまくり、泣く母をたしなめた。
「お糸、泣くなよ、泣いたかて如何なるこっちゃ、見っともない、泣きな、泣きな!」
 母は、塗りの褪せた箪笥に凭《もた》れかかり、空になった欝金《うこん》の財布を、ハンケチの様に目に当てて嗚咽《むせ》った。
 妹は影の様に裏口から出て行ったと思うと、すぐコソコソと戻ってきてカマド[#「カマド」に傍点]の蔭に蹲《うずくま》った。
「あんな人が丁半するなんて、蚕の金までとられてしもうて、ほんまに、肥代や今度の利息どうする気や、夜も寝やんと桑洗うた絹や、手伝うてくれた新宅の里代にも、まだ一枚の着物もこしらえてやらへんのに……。ほんまに、あの人、気でも違うたんや!」
「気も狂うやろかい、この旱りと繭の不作やないか、彼奴かて、そら苦労しとるんや、苦しまぎれに田村へなんか行く気になりよったんやわい。こんなんやったら十姉妹でも飼うといたら!」と祖父は、たるんだ瞼を釣りあげる様にして慎作を睨みつけた。
「鳥でも飼うといたらこんな事起らなかったンや、わい[#「わい」に傍点]がなんぼよぼよぼ[#「よぼよぼ」に傍点]でも、十姉妹の世話位出来たんや! みてみい、あれから鳥の相場、まるで鰻のぼりやないか、それにこれから南洋
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