るのみで答えなかった。
父の秘密な外出――この間に遊びという感じは毛頭なかった。それだけにまた異様な恐怖を、大袈裟に言わば密封された恐ろしい贈物を前に置く様な恐怖を、抱かずにはいられなかった。
ある晩、とうとう母は、祖父には内密に自分の想像を、そっと慎作に打明けた。
「ひょっとすると……あの人、田村へ行ってるのかも知れへんぜ」
「田村へ!……まさか……」と打消したものの、慎作は変に吐胸をつかれた。予想外の事ではあったが、言われてみると、この際、案外近々しい想像なのに驚かされた。田村の賭場へ父が……と想っただけで、「勝負!」と骰子壷の伏せられた瞬間、試みにピアノの鍵盤を叩いてみたら、その音波が散り拡がろうとはせずに何時までも響いていそうな、極度にはり切った空気、押し潰した囁やきと、袖口と胸元から隠見する入墨、その片隅で、例のお人好らしいにじみ笑を浮かべて、しかし両手は中風の様に震わせているであろう土に汚れた父……が見える様だった。ふと画がき出した幻影の様なこの想像に、見る間に、額にはまった絵の様な確実味が帯びた。だが慎作は何気なく言った。
「母さんに、思い当たる節でもあるの」
「そやかて……こないに毎晩、何処へ行くとも言わんと出て行くのが、第一変やないか、それにあの人の、近頃、落着きのないこと、そら可笑しい位やぜ、引出しの鍵はあの人が持ってるよってに、蚕の金はどうなったか知らんけど、な、慎作、きっとそうやで」
ひそめるだけ声をひそめた母は、若し慎作が、「そうだ、それに定まった」とでも言おうものなら、わッと飛び立ち兼ねない様子を示していた。十姉妹を一つの自覚から思い止まってくれたのだとすると、その父がこっそり賭場通いする等とは、どうしても算出されない筈の答案ではあったが、また一方、たとえ飼鳥は思い切っても他に何とか格恰をつけねばならない責任のある父にしては、あの晩、既に「賭場」が思い当っていたのかも知れないとも考えられた。自覚からじゃなかった、少くともそれは第一義じゃなかった。子煩悩から支持する愛児の面目を、理由は第二として盲愛から立てずにはいられなかったのだ。そうは思っても、慎作は父に対して決して幻滅を覚えたりはしなかった。総てを胸のうちにおさめて臆病な父が、賭場通い等と言う様な冒険を決意した……その間の苦渋が胸の痛むほどに察しられた。
田村の賭場は、巧妙な客
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