つく様に言った。
「慎作、粥《かゆ》、温めるかい」
 慎作は首を振って、冷めたい芋粥を水の様に流し込んだ。たかが些細な十姉妹の問題だ、自己の主義主張と家人の行動とは、必ずしも併立するものじゃない、清濁あわせ呑む度量と、矛盾の中での一つの……けれど鼻が痛く眼頭が熱く見まいとしていて視線を土間に引寄せられた。無論、父は祖父の強制に、詮方なく露の様に向う側へ転んで行ったに違いなかった。責めたてられる奴隷の様に手を休めなかった。祖父は愈々肩を張り、ゴムの様に唇をもぐつかせていた。慎作が食事を終っても二人は土間を離れなかった。
「もう、好加減にして寝なはれ、明日また、水換えで急がしいさかい!」と、母が白けた空気をとりなす様に言ったのをきっかけに、二人は道具をかたづけたが、寝ようとはせずに慎作の居る火鉢の前に坐って無闇と煙草を吹かした。父は、すまなさそうに慎作の眼を逃げては故意とらしい咳払いに何度も拘泥し、祖父は喧嘩前の腕白みたいに唇を尖がらし、バタバタと団扇を煽った。慎作は、この場合何とか言わねばと思っていて、思考がとりとめないままに深く沈んで言葉が無かった。
「慎作、やっぱり十姉妹飼う事に定めたぜ」
 祖父は止《とど》めの様に言い切って心持身構えたが、何時までも慎作が黙っているので気抜けした様に声を落し「なんぼお前が嫌いかてこうなったら、藁にでも掴まるより仕様あらへん、さあ、直造、寝よ、寝よ……」と、危っかしいすり足で次の間に入った。
 思い切って慎作は、併し哀願的に言わずにはいられなかった。
「お父っつぁん、どうしても十姉妹飼うのかい」
「…………………………」
「鳥渡、考えただけでは別に悪い事とは思えんけれど、この間から何度も言う様に、俺の立場から言うと……」慎作が父の顔を見ない様にして言い続けようとすると、父は狼狽《あわ》てて「いや、その事やったら、よう分かってるのやが」とせき込んで遮切《さえぎ》ったが、何かの固まりの様に唾を呑むと弱々しく呟やいた。
「何せ。爺さんはガミガミ言うし、蚕があんな様やった上に、この旱りやろ……おまけに、この秋に返えさんならん借金の当は皆目つかんしなあ、わしかて、お前の理窟は成程と思うてんのやが……」
「俺も、お父っつぁんの心配は分り過ぎる位分かってるよ、充分家の手伝出来ん俺がかれこれ言う権利はないか知らんが……」
「いいや、そんな事あらへ
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