子があったが、それが却って百歳に強い愛着を感じさせた。
その歳は長い旱魃が続いた為めに、一般に景気が悪かった。随って此の廓でも、どの楼でも客が途絶え勝ちであった。カマルー小の所に通って来る客も二、三人しかなかったが、その客もだん/\足が遠くなって行った。その女を訪ねて行くと、百歳は何時でも、「仲前《なかめえ》」で彼の来るのを待ち兼ねて居る彼女を見出した。彼は、女がさう云ふ態度を見せるに随って、自分の愛着がだん/\濃かになって行くのを感じながら、それを抑制しょうとする気も起らなかった。
百歳は次の月の俸給日の晩には、女の楼へ行くと、思ひ切って十円札二枚をカマルー小の手に渡した。女はそれを見ると
「こんなに沢山貰っては、貴方がお困りでせう。一枚だけでいいわ。」
と、さう云って、後の一枚を押し返すやうにした。百歳は、
「貰っとけよ。もっとやる筈だが、また、今度にするさ。」
と云って、彼はその札を女の手に押し付けた。
翌日、家へ帰ると、彼は母に、今月の俸給は、非常に困って居る同僚があったので、それに貸してやった。が、来月は屹度返して呉れるだらうと云った。さう云ふ時、彼は顔が熱って、自分の声が震へるのを感じた。母は不審さうな眼付で彼の顔を視て居たが、何にも云はなかった。
その月、九月の二十七日の午後から、風が冷たく吹き出した。百歳は警察で仕事をし乍ら、雨でも降り出すかと思ってる所に、測候所から暴風警報が来た。
「暴風ノ虞アリ、沿海ヲ警戒ス」
石垣島の南東百六十海里の沖に低気圧が発生して北西に進みつゝあると云ふのであった。
夕方から風が吹き募った。警察署の前の大榕樹の枝に風の揺れて居るのが、はっきり見えた。雀の子が遽しく羽を飜《かへ》[#ルビの「かへ」はママ]して飛び廻った。柘榴の樹の立ってるあたりに黄ろい蜻蛉がいくつとなく群を成して、風に吹き流されて居た。街の上を遠く、かくれがを求めて鳴いて行く海烏の声が物悲しく聞えた。
百歳はその晩、警察で制服を和服に着換へて女の楼《うち》に行った。女達は暴風雨の来る前の不安で、何かしら慌だしい気分になって居た。其処らの物が吹き飛ばされないやうに、何も彼も家の中に取り入れた。
日が暮れて間もなく、風と一緒に、ザッと豪雨が降り出した。戸がガタ/\鳴って、時々壁や柱がミシリ/\と震へた。電燈が消えてしまったので、蝋燭を点してあったが、仄暗いその火影に女の顔は蒼褪めて見えた。女は戸が強くガタン/\と鳴り出すと、怯《おび》えたやうに、
「如何《ちやあ》ん、無《ね》えんが、やあたい。」
と云って彼に寄り添《そ》うた。ヒューッと風がけたたましく唸るかと思ふと、屋根瓦が飛んで、石垣に強く打突《ぶつつ》かって砕ける音がした。
暴風雨は三日三晩続いた。彼は中の一日を欠勤して三晩、其処に居続けた。烈しい風雨の音の中に対《むか》ひ合って話し合ってる中に、二人は今迄よりは一層強い愛着を感じた。二人はもう一日でも離れては居られない気持がした。彼は、何とかして二人が同棲する方法はないものかと相談を持ち出したが、二十三円の俸給の外に何の収入もない彼には結局如何にもならないと云ふ事が解ったばかりであった。彼は金銭が欲しいと思った。一途に金銭が欲しいと思った。
その時、彼には女の為めに罪を犯す男の気持が、よく解るやうに思はれた。自分だって若し今の場合、或る機会さへ与へられたら――さう思ふと彼は自分自身が恐ろしくなった。
四日目に風雨が止んだので、彼は午頃女の楼を出て行ったが、自分の家へ帰る気もしなかったので、行くともなしに、ブラ/\とその廓の裏にある墓原へ行った。
広い高台の上に、琉球式の、石を畳んで白い漆喰を塗った大きな石窖《いしむろ》のやうな墓が、彼方此方に点在して居た。雨上りの空気の透き徹った広い墓原には人影もなく寂しかった。
彼は当途もなく、その墓原を歩いて居た。
所が、彼が、とある破風造りの開墓《あきはか》の前を横切らうとした時、その中で何か動いて居る物の影が彼の眼を掠めた。彼が中をよく覗いて見ると、それは一人の男であった。彼は突如《いきなり》、中へ飛び込んで行って男を引き擦り出して来た。その瞬間に、今までの蕩児らしい気分が跡方も無く消え去って、すっかり巡査としての職業的人間が彼を支配して居た。
「旦那さい。何《ぬー》ん、悪事《やなくと》お、為《さ》びらん。此処《くまん》かい、隠《かく》くゐていど、居《を》やびいたる。」
彼が無理無体に男の身体を験《しら》べて見ると、兵児帯に一円五十銭の金銭をくるんで持って居た。彼は、的切《てつきり》り[#「的切《てつきり》り」はママ]窃盗犯だと推定した。男に住所や氏名を聞いても決して云はなかった。たゞ、
「悪事《やなくと》お、為《さ》びらん、旦那《だんな》さ
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