男はさう云ふ意味の事を田舎訛りの琉球語で話して居る中に、だん/\声が震へて、終には涙が彼の頬を流れた。

「旦那《だんな》さい、赦《ゆる》ちくゐみ、そーれー、さい。」
 さう云って男は頭を床《ゆか》に擦《す》り付けた。
 部長はそれを見ると勝ち誇ったやうに、笑声を上げた。
「奥間巡査、どうだ。正に君の睨んだ通りだ。立派な現行犯だよ。ハッハッハッ」
 然し、奥間巡査は笑へなかった。息詰るやうな不安が塊のやうに彼の胸にこみ上げて来た。
 部長はきつい声で訊いた。
「それで、お前の名前は何と云ふのだ。」
 男はなか/\名前を云はなかった。奥間巡査は極度の緊張を帯びた表情で、その男の顔を凝視めた。すると思ひ做しか男の顔が、彼の敵娼の、先刻別れたばかりのカマルー小の顔に似て居るやうに思はれた。
 部長に問い詰められると、男はとう/\口を開いた。
「うう、儀間樽《ぎいまたるー》でえびる。」
 奥間巡査はぎくりとした。
 男は名前を云ってしまふと、息を吐《つ》いて、それから、自分の年齢も、妹の名前も年齢も住所も話した。さうして、彼はまた赦して呉れと哀願した。
 男は奥間巡査の予覚して居た通り、カマルー小の兄に違ひなかった。彼は此の男を捉《つかま》へて来たことを悔恨した。自分自身の行為を憤ふる気持で一杯になった。先刻、此の男を引張って来た時の誇らしげな自分が呪はしくなった。その時、部長は彼の方を向いて云った。
「おい、奥間巡査、その妹を参考人として訊問の必要があるから、君、その楼《うち》へ行って同行して来給へ。」
 それを聞くと、奥間巡査は全身の血液が頭に上って行くのを感じた。彼は暫時の間、茫然として、部長の顔を凝視《みつ》めて居た。やがて、彼の眼には陥穽《かんせい》に陥《お》ちた野獣の恐怖と憤怒《ふんど》が燃えた。(完)



底本:「池宮城積宝作品集」ニライ社
   1988(昭和63)年4月1日発行
入力:大野晋
校正:松永正敏
2002年1月3日公開
2005年11月21日修正
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