たが、仄暗いその火影に女の顔は蒼褪めて見えた。女は戸が強くガタン/\と鳴り出すと、怯《おび》えたやうに、
「如何《ちやあ》ん、無《ね》えんが、やあたい。」
と云って彼に寄り添《そ》うた。ヒューッと風がけたたましく唸るかと思ふと、屋根瓦が飛んで、石垣に強く打突《ぶつつ》かって砕ける音がした。
暴風雨は三日三晩続いた。彼は中の一日を欠勤して三晩、其処に居続けた。烈しい風雨の音の中に対《むか》ひ合って話し合ってる中に、二人は今迄よりは一層強い愛着を感じた。二人はもう一日でも離れては居られない気持がした。彼は、何とかして二人が同棲する方法はないものかと相談を持ち出したが、二十三円の俸給の外に何の収入もない彼には結局如何にもならないと云ふ事が解ったばかりであった。彼は金銭が欲しいと思った。一途に金銭が欲しいと思った。
その時、彼には女の為めに罪を犯す男の気持が、よく解るやうに思はれた。自分だって若し今の場合、或る機会さへ与へられたら――さう思ふと彼は自分自身が恐ろしくなった。
四日目に風雨が止んだので、彼は午頃女の楼を出て行ったが、自分の家へ帰る気もしなかったので、行くともなしに、ブラ/\とその廓の裏にある墓原へ行った。
広い高台の上に、琉球式の、石を畳んで白い漆喰を塗った大きな石窖《いしむろ》のやうな墓が、彼方此方に点在して居た。雨上りの空気の透き徹った広い墓原には人影もなく寂しかった。
彼は当途もなく、その墓原を歩いて居た。
所が、彼が、とある破風造りの開墓《あきはか》の前を横切らうとした時、その中で何か動いて居る物の影が彼の眼を掠めた。彼が中をよく覗いて見ると、それは一人の男であった。彼は突如《いきなり》、中へ飛び込んで行って男を引き擦り出して来た。その瞬間に、今までの蕩児らしい気分が跡方も無く消え去って、すっかり巡査としての職業的人間が彼を支配して居た。
「旦那さい。何《ぬー》ん、悪事《やなくと》お、為《さ》びらん。此処《くまん》かい、隠《かく》くゐていど、居《を》やびいたる。」
彼が無理無体に男の身体を験《しら》べて見ると、兵児帯に一円五十銭の金銭をくるんで持って居た。彼は、的切《てつきり》り[#「的切《てつきり》り」はママ]窃盗犯だと推定した。男に住所や氏名を聞いても決して云はなかった。たゞ、
「悪事《やなくと》お、為《さ》びらん、旦那《だんな》さ
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