あつた。
 米山は奇人であるが研究すべき奇人であると思つてゐる。若くて死んでしまつたので、後年友人達が話して、彼の傳記を夏目君が書き、その遺稿は自分が見ることになつてゐたが、傳記は出來ずに終り、手帳の中には世に出す程まとまつたものはなかつた。
       *
 夏目君が自分のことを文學亡國論者だといつて、お前には小説などわからぬから本を出してもやらぬよと冗談のやうにいつたので、自分も貰はなくてもよいといつたが、これは事實上實行されて遂に一册も本を貰つたこともなく、又夏目君のものを讀んだこともない。ただ「猫」が出た當時、一高にゐた物理の須藤傳次郎君が「猫」の中にお前のことが書いてあると注意してくれたので、さうか自分のことが書いてあるなら見ようと、讀んで見たが自分のことが書いてあつたかどうか記憶して居らぬ。
 夏目君は一體に無口の方であり、自分もあまりしやべらぬ方であつたから、家へたづねて行つても此方がしやべらなければ向ふもしやべらぬと言ふ調子であつた。後年お弟子達が多く出入りするやうになつてからこの氣風は大分變つたのだらうと思ふ。(談)(東京朝日 昭和十年十二月八日)



底本:「狩野亨吉遺文集」岩波書店
   1958(昭和33)年11月1日第1刷
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:はまなかひとし
校正:染川隆俊
2001年6月29日公開
2005年12月3日修正
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