分には、日がパッとあたってきた。午前八時に夜営地を出発した。谷は全く雪に埋められて、白樺さえ背が大変低い。水はちょっと目につかない。夏のような暑さを感じてきた。目を焼く恐れがある。常念の乗越を間近に見るひろいひろいスロープで、夏シャツ一枚で滑って遊んだ。実にいい雪だ、と風をきりながら叫んだ。まるで滑ってくれ、と今までスキーのくるのを待っていたようだ。これから上はだんだん急に谷が狭くなって、分れて行くと谷がそってくるように思われる。上窪下から乗越を仰いで、夏の針ノ木を思い浮べだ。はじめはウエンデンをしながら、電光形に登ったが、ついにはそれもできなくなった。雪は波形をして、固くなってきた。急な所を横登行をやりながらしばしば休んだ。途中で菓子を食いながら、一本の支える木もない急な斜面を見渡すと自らつつしみ深い心になる。雪巡礼の一歩一歩は、乗越に近づいて行った。常念の頂上への斜面は、雪が飛ばされてしまって、岩が露れていた。十一時の予定が遅れて十二時に乗越に着いた。上窪下から一時間以上かかっている。スキーをはい松の上に置いて岩に腰を下ろした。赤岩岳から穂高まで真白だ。ただ槍ガ岳のみ、その中にポッリと黒い。音もない。風もない。いうことも無ければ考えることもない。案内が「美しい」というのが聞えた。はい松を焚いて、パンを噛った。いま登ってきた方には浅間、小浅間や、真白な戸隠が見えた。静かに話をしながらパンを火にあぶっては食った。スキーから雪がとけて岩の上に流れている。尾根はすべて雪がない。スキーで中房へ越えるのは駄目だと思った。再びスキーをつけて、槍ガ岳を右に見て一ノ俣に降る。大きなボーゲンを画いて木の間を縫いながら十分ばかりで降りた。雪は一丈余もあろう。河はほとんど埋っている。針葉樹の下を通って行くとハラハラと雪が木から落ちてくる。中山の登りは、スキーをぬいで※[#「木+累」、第3水準1−86−7]《かんじき》の跡を登った。上に着いて休むと、一時に汗が引込んで、風が木々を渡って行った。中山の下りは急で、雪は実に好い。プルツファシュネーに近い。スキーから雪煙が立って、音のない谷にシューという快い音をたてて風をきって下りた。初めはステムボーゲンを猛烈にやらねばならなかったが、途中から直滑降にうつって、木が後ろに飛んで行くように見えた。二ノ俣の池で焚火をして飯を食った。水を探すに骨を折
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