やみとはやく、飛んで行ってしまった。夕食後は、小屋をしめてみんなで温泉に行く。丸木橋を渡って、歌を唱いながら、六百山の夕日を見ながら、穂高にまつわる雲を仰ぎながら行く。湯気にくもるランプの光で、人夫の肉体美を見ながら、一日の疲労を医す。帰りには、帳場によって、峠を越えてくる人夫を待つのが一番楽しみだ。小包でも着くと大喜びで霞の上に光る星を見ながら、丸木橋を渡ると、白い泡が闇に浮いて、ゴーゴーの音が凄い。
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冬の日記
峠停車場
天地の眠りか 雪に埋るる板谷峠
その沈黙のさなかに スキーは登る
真白き峰々 眠れる谷々
音なく降る雪のはれまに
鉢盛山のやさしき姿
友のさす谷をのぞけば 峠の停車場
雪に埋れり
降りしきる雪の中を スキーは飛ぶ
谷へ谷へ 雪をかぶりし杉の柱
暗き緑の色 その奥は光も暗し
スキーはとく過ぐれど 思いはのこる
夢幻の森
見よ今は スキーの下に 峠駅あり
高き屋根もつプラットホーム
群がる雪かき人夫
疲れし機関車のあえぎ
そのあえぎさえ雪に吸われ
静けさの中に 雪しきりに降る
ああ夢に見し シベリヤの停車場
駅長室に入れば 燃ゆるストーブ
こごえし身も心も 今はとけぬ
松方はいう 気持ちのいい停車場
ウインクレル氏はいう ウィーンの停車場のよう
ストーブをかこみ パンをかじれば
電信器の音は 唯一つの浮世のおとずれ
再び山へ山へ 雪をけってスキーは進む
さらば谷よ わが愛する峠駅よ
ステムボーゲン
先頭の影 谷に吸わると見れば
もちかうる杖のおちつき
ドッペルシテンメンの身体ののび
投げあげし パラシュートの開くごとく
落ちると見えし身体 ひらりと変り
美わしきカーブの跡 彼の姿は崖に消えぬ
二十秒 三十秒
あれ見よ下に 小さくあらわれしあの影を
ああ彼見事に下りぬ わが胸は跳る
いざおりん
もちかうる杖の喜び 山足にうつる重心
つばめのごとき身体のひらき
下りきりて崖を仰げば 日にてらされし
ボーゲンの跡
優美なるそのカーブ わが胸は跳る
直滑降
足をそろえて身体をのばせば スキーは飛ぶ
真白き天地を かの山越えて
天に登るか わが行手何ものもさえぎらず
耳をかすむる風 スキーより
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