よ寝るとなって枕を見ると鼠色だ。さすがの板倉も降参して、取りかえて貰うと盛んに主張して、女中に交渉したが、洗ってありますとやられてひっこみ、それではこの変な蒲団だけでもと嘆願したら、どうでもいい掛蒲団だけかえてくれたのでまた降参した。やむを得ず手拭いで枕を巻き、タオルで口を予防して三人で炬燵をかこんで神妙に寝た。
十二月二十五日。「もう九時ですぜ」と顔に穴のたくさんあいている番頭さんが火を入れながら枕許で笑った。七時には朝食ができてるんだそうだ。もとより眼鏡は起きない。十時ごろから滑る。昨夜雪が降って昨日のスキーの跡をうめてくれた。小池は今日はどうかして曲れるようになろうと骨を折っている。棒のような身体が右に傾いて行くと思うと、しゃちほこばったまま右に朽木の倒れるごとく倒れる。これは右に廻ろうとするためだそうだ。したがって左も同様である。このくらい思いきりの好い倒れかたは珍しい。真に活溌なものだ。あらためて穿孔虫の名を献ずることにする。この日午後に二高の人が六人ばかりきた。明日からまた穿孔虫がますだろう。恐ろしいことだ。
十二月二十六日。案のごとく穿孔虫がまして孔だらけだ。宿の息子の孝一さんと懇意になった。二十五、六で小林にくらべると小さな、つまり普通の眼鏡をかけている。服装もこっちより完全だ。先輩として尊敬する。棒を五、六本たてて空手でその間を抜けることを練習した。いささか圧倒のきみがあって小林の鼻などは大分のびた。小池は神妙に下で練習している。まだ大きなことはいえないから大丈夫だ。昼から孝ちゃんに連れられて右手の原に行く。土の色などは見たくても見られない。純白な雪があるばかりだ。この二日で土の色は忘れてしまってどこへ倒れても決してよごれない。雪が親しい友達のように思えてきた。この原からはことに連山がよく見える。あらゆる自然の醜なるものをおおったものは雪の天地である。頭上には、広い天がある。眼にうつるものは雪の山々である。マッチ箱のような人間の家が軒と軒とをくっつけてくしゃくしゃにかたまった胸の悪い光景も、紙屑によごれた往来も、臭い自動車もそんなものは影も形もなく消えうせている。夜中のような静けさの中に人間の浮薄をいましめる雪の荘厳がひしひしと迫る。机の上の空論と屁理窟とを木葉微塵にうちくだく大いなる力がこの雪をもって虚偽を悟れと叫んでいる。虚偽を洗えと教えて
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