の景色で洗われたように思われた。瓢箪をさげて見る景ではない。もっと荘厳な、もっと幽邃《ゆうすい》な景である。汽車は雪よけのトンネルを出たり入ったり、静かな雪の世界に響くような音をたてて行く。よほどたってから小林をたたき起すと目をこすりながら「どうだ素敵な雪だ」といまごろ感心している。呆れてものがいえない。七時に雪の塊があるなと思ったら板谷の停車場に着いていた。おろされたものの見当がつかぬ。停車場の前の五色温泉案内所という札をかけた家に、初めて雪の上を歩きながらとびこんだ。気持ちのいい炉辺に坐りこみながら朝食を頼んで、人夫をついでに頼んだ。雪の世界に固有な静けさといかにも落ちついた気分が、小綺麗な炉にも黒ずんだ柱にも認められる。
まだ五色にはスキーのお客は一人もいないと聞いて大変うれしくなってきた。そのうえ宿屋は千人も宿れるといわれて、少しそら恐ろしいような気にもなった。十時ごろ五色から二人の人夫がスキーで迎えにきてくれた。二町ばかりは雪をはいた線路をつたうので、スキーを抱えながら歩いて行く。左手は線路の下の谷をへだてて真白な山が並んでいる。眼界はことごとく雪である。二つばかりトンネルをくぐって、いよいよ左手の谷に下りることとなった。スキーをつけて下をのぞくと大変急だ。どうも仕方がない。小林と板倉はどうにか首尾よく降りた。さて下に降りて上を仰ぐと、小池の姿が雪の上に巍然《ぎぜん》と聳えている。そのうちになんとなく危げな腰つきだなと見るまに、身体が雪の上を落下してきて雪煙が勇しく立って、小池の姿は見えなくなった。また見えたなと思うと五、六間してまた煙が上る。神出鬼没じつに自由なものだ。やっと三人が揃って、杉の森をぬけて谷川の上に架した釣橋をゆれながら渡ると大変な急な傾斜が頭の上を圧している。その上に雪が柔い。ひどい目に会いそうだと思いながら人夫の後ろから登って行った。案の定大変すべる。もとよりスキーをはいているから滑るつもりできたのだが、登る時に滑るのははなはだ迷惑だ。後滑りする度に見る見るエナージーが減って行くように思える。小林はあの眼鏡とあの立派に発達した足とをもってしても、なおかつ雪の上にわずかに顔を出した樹の枝にすがってあらゆる奮闘をよぎなくされた。枝は一カ所に留っているけれども、スキーは物理の法則通り下に滑る。したがって身体は一カ所でのびたり縮んだり、雪に孔
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