ほど毛彫りになッている。古いながら具足も大刀もこのとおり上等なところで見るとこの人も雑兵《ぞうひょう》ではないだろう。
 このごろのならいとてこの二人が歩行《ある》く内にもあたりへ心を配る様子はなかなか泰平の世に生まれた人に想像されないほどであッて、茅萱《ちがや》の音や狐の声に耳を側《そば》たてるのは愚かなこと,すこしでも人が踏んだような痕の見える草の間などをば軽々《かろがろ》しく歩行《ある》かない。生きた兎が飛び出せば伏勢でもあるかと刀に手が掛かり、死んだ兎が途《みち》にあれば敵の謀計《はかりごと》でもあるかと腕がとりしばられる。そのころはまだ純粋の武蔵野で、奥州街道はわずかに隅田川《すみだがわ》の辺を沿うてあッたので、なかなか通常の者でただいまの九段あたりの内地へ足を踏み込んだ人はなかッたが、そのすこし前の戦争の時にはこの高処《たかみ》へも陣が張られたと見えて、今この二人がその辺へ来かかッて見回すとちぎれた幕や兵粮《ひょうろう》の包みが死骸とともに遠近《あちこち》に飛び散ッている。この体に旅人も首を傾けて見ていたが、やがて年を取ッた方がしずかに幕を取り上げて紋どころをよく見るとこれは実に間違いなく足利《あしかが》の物なので思わずも雀躍《こおどり》した,
「見なされ。これは足利の定紋じゃ。はて心地よいわ」と言われて若いのもうなずいて、
「そうじゃ。むごいありさまでおじゃるわ。あの先年の大合戦の跡でおじゃろうが、跡を取り収める人もなくて……」
「女々《めめ》しいこと。何でおじゃる。思い出しても二方(新田義宗《にッたよしむね》と義興《よしおき》)の御手並み、さぞな高氏《たかうじ》づらも身戦《みぶる》いをしたろうぞ。あの石浜で追い詰められた時いとう見苦しくあッてじゃ」
「ほほ御主《おのし》、その時の軍《いくさ》に出なされたか。耳よりな……語りなされよ」
「かたり申そうぞ。ただし物語に紛れて遅れては面目なかろう。翌日《あす》ごろはいずれも決《さだ》めて鎌倉へいでましなさろうに……後《おく》れては……」
「それもそうじゃ,そうでおじゃる。さらば物語は後になされよ。とにかくこの敗軍の体を見ればいとど心も引き立つわ」
「引き立つわ、引き立つわ、糸のように引き立つわ。和主《おのし》もこれから見参して毎度手柄をあらわしなされよ」
「これからはまた新田の力で宮方も勢いを増すでおじゃろ
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