成すに足るのみ。見よ清教徒は失意の時に清くして、得意の時に濁れるに非ずや。不忠、不孝、売国、乱俗、如何なる汚名も甘受せん。吾人自ら不忠ならず、不孝ならず、国を売らず、俗を乱らざるを信ず。明かに之を信ず。波をして荒れしめよ、風をして怒らしめよ、三千八百万の同胞をして三千八百万の戟《ほこ》を樹《た》てゝ吾人に向はしめよ。吾人は厳乎として我立場に立つべきのみ。
パウロ、ステパノ、ルーテル、ノックス、吾人の典型は明かに青史に在り。起《た》て吾党の士、吾人の期する所古人に在り。怯懦《けふだ》逡巡《しゆんじゆん》して、雲の如く群がれる在天の偉人に笑はるゝこと勿れ。
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千百の寇は来るとも吾のかじ
のかば岩ほも共に飛ばなん
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と云へる如き大盤石の根底を有せざるべからず。是れ即ち信条也。必しも文学あるを要せず、唯此信認あるを要す。
戦国の武士が意気を重んぜるは彼等の信条也。彼等は意気の為めには万戸侯をも辞せし也。意気の為めには死をも厭《いと》はざりし也。魏徴《ぎちよう》が所謂「人生感意気、功名誰復論」なるものは是れ彼等の血を以て保護せし信条なりし也。
暫らく其信ずる所の何たる乎《か》を問ふを止めよ。何にもせよ、若し吾人の生命を賭しても守るべきものありとせば是れ吾人は信条を有する也。是なかりせば吾人は既に其立場を失ひし者也。吾人の品性は失はれたるもの也。
回教の兵が向ふ所天下に敵なかりしは何ぞや。彼等は人は天命に非ずんば死する者に非ずてふ信条を有したれば也。有るは無きに勝れり。懐疑の空気充満せし文明なる希臘《ギリシヤ》が比較的に野蛮なる偶像信者の羅馬《ローマ》人に亡ぼされたる者は何ぞや。一は信条を有し一は信条を有せざれば也。
吾人は重ねて言はんとす、吾人の所謂信条とは、
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此に因りて生き、此に因りて死すべきものなり。
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即ち吾人の血を以て印すべきものなり。文字に書きたる信条の謂に非《あらざ》る也。ソクラテスは彼れの信条の為めに亜典《アテネ》の獄中に死せり。パウロは彼の信条の為めに羅馬に死せり。許多の殉教者は其信条の為めに石にて打たれ、火にて焚《や》かれたり。嗚呼《あゝ》信条なるかな、之を有するの人は以て死生の間に談笑すべし。以て社会の風浪の上に高歩すべし。
人若し此世の渾《
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