》れ今の所謂才子が作る所の戯曲《ドラマ》を見るに、是れ傀儡《くゞつ》を操りて戯を為す者の類《たぐひ》のみ、作中の人物、一も生人の態なし。其唐突、滑稽なる人をして噴飯せしむる者あり。彼れ人生に於て些《いさゝか》の通ずる所なくして、徒に之を空※[#「木+号」、298−下−8]《くうけう》なる腹中に索《もと》む、斯の如きは固より其所なり。若し彼をして真に人情世故に通ぜしめば豈に是のみにして止まらんや。今の世に交際の利益を受けざる者華族を甚《はなはだ》しとなす。其次は即ち詩人也。彼等自ら其天地を劃り、自ら其党派を樹《た》てゝ曰く、真美は唯我党のみ知れり、純文学は唯我党のみ与《あづ》かれり、門外漢をして吻《くち》を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]ましむるなかれと。彼等互に相標榜して自ら是とし、人を詈《のゝし》り己れを尊び、昂然として一世を睥睨《へいげい》す。殊に知らず、天地の情豈に一人一派にして悉知《しつち》するを得んや。月影波に横はれば砕けて千態万状を為すに非ずや。百日の富士は百日の異景を呈するに非ずや。詩人たる者唯宜しく異を容れて惟《こ》れ日も足らざるべし、何を苦しんで党派を作らんとするぞ。是も亦談理の弊に非ずや。
詩形の標準
新体詩は嘗て一たび秋の芒《すゝき》の如く出でたり、而して今や即ち寂々寞々《せき/\ばく/\》たり。独り湖処子の猶孤城を一隅に支ふるを見るのみ。
迎ふる時は明月を迎ふるが如く狂し、送る時は悪客を送るが如く忘る。始めや之を尊んで詩界の新潮と曰ひ、後や之を卑《いやし》みて詞壇の※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]肋《けいろく》とす、天下何ぞ毀誉《きよ》の掌を反すが如くなる。
然れども「想」あり此に「形」なきを得ず、新詩形豈|止《や》むべけんや。唯何を以て新体詩の標準となさん乎に至つては未だ適《てき》として依る所なきを見る也。
今人眼を尊んで耳を尊ばず、唯其形を見て、其声を聞かず、徒に七五、若くは五七にして押韻するのみ。之を誦して児童走卒も亦点頭するの工夫に至ては、乃《すなは》ち漠然として顧みず、詩形を造る唯之を字を読むの眼に訴へて字を知らざる者の耳に訴へず、是豈に今の一大欠点に非ずや。
「坂は照る/\、鈴鹿《すゞか》は曇る、あいの土山雨が降る」読み来つて淡水を飲むが如し、而れども之を誦する再三に及べば滋味の津々たるを覚ふ。詩歌の妙実に一分は声調に存する也。
此に於てか正に知るべし、「詩形」の進歩は実に「音楽」の進歩に伴ふことを、「声音」の学発達するに非んば「詩形」奚《なん》ぞ独り発達するを得んや。
和歌者流曰く三十一字にして足る、何ぞ故《ことさ》らに新しき形を要せんと、殊に知らず、昔しの淳朴なるや、「八雲立」「難波津」の歌猶之を誦して、人をして感ぜしむるに足れり、今に至つては猶此緩慢なるものを須《もち》ゆべけれんや。宜《むべ》なるかな、人は「君が代」よりも「梅の春」を聴んと急ぐや。嘗て英国の国歌を誦するを聴く、声昂り調高し鼓舞作興の妙言ふべからず、誠に大国の音《おん》なるが如し。古の詩形を以て今の耳に訴へんとす、猶古代の燈を以て今の電燈に代へんとするが如し。
新体詩家宜しく音楽の理に於て通ずる所あるべし、音と人心との関係に於て詳《つまびら》かにする所あるべし。斯の如くにして詩形始めて生ぜん。
人、怒れば其声|励《はげ》し、其声励しければ即ち句々断続す。人喜べば其声和す、其声和すれば即ち句々|繚繞《れうぜう》して出づ、七情の動く所、声調乃ち異なり、詩人たる者此理を知らざるべからず、而して此れ文典の教へざる所、詩律の示さゞる所、之を弁知すべきもの唯耳あるのみ。
今の新体詩を把つて之を誦し、字を解せざる者をして之を聴かしめよ、若し果して彼等をして首肯せしむれば、即ち新体詩も亦一日の其生命を長ふすべきものある也。
「形」は方便なり、方便は目的に因つて異なり。今の新体詩を作る者、其志唯人をして之を読ましめて以て其感を起さするに在らば、吾人は寧ろ散文に因て其詩想を発揮するの優《すぐ》れるを見る。若し夫れ期する所は天下に風詠せしめて、永く之を口碑に伝へんとするに在らば、吾人は更に一段の工夫を要するを知る也。
曰くオッペケペー、曰くトコトンヤレ、其音に意なくして、其声は即ち自ら人を動かすに足る。新体詩人の推敲《すゐかう》百端、未だ世間に知られずして、堕落書生の舌に任じて発する者即ち早く都門を風靡《ふうび》す、然る所以の者は何ぞや、亦唯耳を尚《たふと》ぶと目を尚ぶとに因る耳《のみ》。
之れを聞く、昔し安井息軒先生、青楼に上り、俚謡を作りて曰く、
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つりがねをみんなおろして大砲とやらに鋳たらつくまいあけの鐘、
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