る。が、あの人の創作が、相当な文芸雑誌に載ったことはまだ一度もない。
 文壇においても、運がある点まで、重要な働きをしているのだ。そうでも思って、俺は諦めているのだ。が、俺はもう文壇について、考えることはよそう。作家としての生活以外に意義のある生活がないように思っていたのは、俺の迷妄だ。
 俺はこの間、ヴェルレーヌの伝記を読んでいると、あのデカダンの詩人が晩年に「平凡人としての平和な生活」を痛切に望んだという事実を知って、俺はかなり心を打たれた。俺のように天分の薄いものは「平凡人としての平和な生活」が、格好の安住地だ。学校を出れば、田舎の教師でもして、平和な生活に入るのだ。
 流行作家! 新進作家! 俺は、そんな空虚の名称に憧れていたのが、この頃では、少し恥かしい。明治、大正の文壇で名作《クラシックス》として残るものが、一体いくらあると思うのだ。俺は、いつかアナトール・フランスの作品を読んでいると、こんなことを書いてあるのを見出した。
(太陽の熱がだんだん冷却すると、地球も従って冷却し、ついには人間が死に絶えてしまう。が、地中に住んでいる蚯蚓《みみず》は、案外生き延びるかも知れない。そ
前へ 次へ
全45ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング