なると、意識的に俺を圧倒しようと掛っていた。あいつは、自分の秀れた素質を、自分より劣った者に比較して、そこから生ずる優越感でもって、自分の自信を培《つちか》っているという、性質《たち》の悪い男であった。そして、その比較の対象となるのは、たいていの場合、俺だったっけ。いつだったか、俺が芳田幹三の、「潮」を読んで感心していると、あいつは「なんだ!『潮』が面白い!そいつは、少し困ったなあ」と、嘲笑したっけ。あいつの嘲笑は、人を突き放したまま、そばへ寄せつけないといったような、辛辣な嘲笑だった。あいつは、俺が少しでも、甘そうなものを読んでいると、きっと前のように嫌がらせをいった。それと同時に、俺がイプセンの「ブラン」のように少し難解な物を、読んでいると、
「ほう!『ブラン』かい! 君に分かるかい!」と、いいやがった。こんな時、俺はあいつを殴りつけてやりたいと思ったが、あいつの白皙《はくせき》な額と、聡明な瞳とを見ると、ある威厳を感じて、肉体的には俺よりもよっぽど弱いあいつを、どうすることもできなかった。あいつは、桑田、俺、杉野、川瀬などの創作家志望の連中ばかりが、集っている時に、よくこんなことをいった。
「俺たちが、皆だんだん文壇的に認められていく。が、一人ぐらいはなんだか、取り残されそうだよ。皆が新進作家として、わいわい持てはやされている時に、自分一人取り残されている。ちょっと変なものだろうな。がその貧乏くじは、案外俺かも知れんて!」
彼はそういいながら、自信にみちて哄笑した。そして、俺の方を意味あり気に、ちらっと見た。俺は、かなり嫌な気持になった。同じく創作家として、出立したもののうち、その一人がいつまでも、取り残されるということは、いかにも皮肉なことで、残される当人になってみれば、まったく堪らないことに相違なかった。が、実際そうした場合は、容易にあり得ることだ。天分にいちばん自信のない俺は、そんな場合を想像することを、努めて避けようとしている。しかるに、山野は俺や俺と同様に自信の薄い杉野などを、嫌がらせるために、そんな皮肉な場合を想像して喜んでいたのだ。
唯一人、取り残される! それは考えてみても、淋しいことに相違なかった。俺は、東京にいて、山野や、桑田などと競争的になるのが、不快で堪らなくなった。彼らから間断なしに受ける、不快な圧迫から逃れるだけでも、俺にとって
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