わざ上京してあの人と会ってきたのだ。快く会ってくれた上に、ばかに話がはずんでね。よく話の分かる人だよ。今度書き上げた百五十枚の小説も、実はあの人のところへ送っておくつもりだ。多分どこかへ、推薦してくれるから」
俺は佐竹君をかなり尊敬し始めたが、これを聞くと少しこの人が気の毒に思われた。ただ同県人で一面識しかない林田草人を頼りにして、澄ましておられるこの人の呑気《のんき》さが、少し淋しかった。まったく無名の作家たる佐竹君の百五十枚の小説を、林田氏の紹介によっておいそれと引き受ける雑誌が中央の文壇にあるだろうか、また門弟でもなんでもない佐竹君のものを、林田氏が気を入れて推薦するだろうか? あの人は、投書家からいろいろな原稿を、読まされるのに飽ききっているはずだ。こんな当てにならないことを当てにして、すぐにも華々しい初舞台《デビュー》ができるように思っている佐竹君の世間見ずが、俺は少し気の毒になった。実際、本当のことをいえば、文壇でもずぼらとして有名な林田氏が、百五十枚の長篇を読んでみることさえ、考えてみれば怪しいものだ。佐竹君の考えているように、すべてがそうやすやすと運ばれて堪るものかと思った。
十二月二十九日。
俺は、今日東京の山野から、不快きわまる手紙を受け取った。それは、俺に挑戦し、俺を侮辱し、俺の感情をめちゃくちゃに傷つけてやろうという悪意にみちた手紙だ。文句はこうだった。
(どうだい! ばかに黙っているね。京都にも、少しは文学らしいものがあるかい。僕たちこっちにいる連中は、もう今までのように、ただぼんやり外国文学の本などを、弄《いじ》り回すことに飽いてしまったのだ。僕たちが、高等学校時代に神聖視していた「文学研究」なども、考えてみればくだらないことじゃないか。僕たちは自分で創作しなければ嘘だ。創作は黄金だ。ほかのすべては銀だ。否、それ以下の銅か鉛かだ。僕たちは、もうじっとしてはおられないのだ。高等学校時代のように、いつまでも呑気に構えられてはおられないのだ。僕たちの計画は、もうすっかり決っている。僕たちは、来年の三月から、同人雑誌を出すのだ。同人の顔ぶれは、桑田、岡本、杉野、川瀬、それに僕、このほかに僕たちより一年上の井上君、芳島君が加わる。雑誌の名は多分「×××」と付くだろう。三月の一日に初号を出す。出版元は日本橋の文耕堂だ。もう、皆は初号の原稿に忙
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