(吉蔵、にぎりめしを入れた、大きいざるを持って出てくる)
吉蔵 親分、めしが来ましたぜ。
忠次 こいつはいいところへ来た。みんなめしを食いながら誰を入れるか思案をしてもらうのだ。
    (吉蔵、めしをみんなに配る)
吉蔵 さあ、みんな二つずつだぞ。沢庵は、三切れずつだ。
みんな ありがてえ、ありがてえ。
喜蔵 久し振りに、あたたかいめしが食えらあ。
忠次 (にぎりめしを手にしながら)俺、水が飲みてえや。
吉蔵 水なら、半町ばかり向こうに流れがありますぜ。
忠次 そうか、じゃ行って飲んでこよう。
吉蔵 とってもねえ、いい水だよ。
三、四人 じゃ俺たちも行ってこよう。
浅太郎 俺も、顔を一つ洗いたいや。
    (みんな、どやどやと流の方へ行く。後には九郎助と弥助だけがのこる)
九郎助 (にぎりめしを、まずそうに食ってしまった後)ああいやだ、いやだ。どう考えてもおらあ入れ札はいやだな!
弥助 なぜだい、兄い!
九郎助 入れ札じゃ、俺三人の中へはいれねえや。
弥助 そんなにお前、自分を見限るにも当らねえじゃねえか。忠次の一の子分といえばお前さんにきまっているじゃねえか。
九郎助 上辺《うわべ》はそうなっている。だが、俺、去年、大前田との出入りの時、喧嘩場からひっかつがれてから、ひどく人望をなくしてしまったんだ。それが俺にはよく分かるんだ。上辺は兄い兄いと立てていてくれても、心の底じゃ俺を軽んじているんだ。入れ札になんかなってみろ! それが、ありありと札数に出るんだからな。
弥助 ……。
九郎助 何ぞといえば、俺を年寄扱いにしやがるあの浅太郎への意地にだって、俺捨てて行かれたくねえや。
弥助 もっともだ。だが、心配することはいらねえや。お前が落っこちる心配はねえ。
九郎助 そうじゃねえ。怪しいものだ。どうも俺に札を入れてくれそうな心当りはねえや。
弥助 並河の才助がいるじゃねえか。あの男はお前によっぼど世話になっているだろう。
九郎助 いやあ、この頃の若いやつは、恩を忘れるのは早いや。あいつはこの頃じゃ、「浅兄い浅兄い」と、浅にばかりくっついていやがる。
弥助 ……。
九郎助 俺、こう思うんだ。浅には四枚へいらあ。喜蔵には三枚だ。すると後に四枚残るだろう、その四枚の中で、俺二枚取りていのだ。お前は俺に入れてくれるとして。
    (九郎助じっと弥助の顔を見る)
弥助 (黙ってうなずく)……。
九郎助 お前が俺に入れてくれるとして、あとの一枚だ。俺、この一枚をとるためには、片腕でも捨てたいのだが。
弥助 冗談いっちゃいけねえ! そう思いつめなくとも大丈夫だよ。喜蔵だって、お前に入れねえものじゃねえよ。
九郎助 あいつは、俺とこの頃仲がいいからなあ! あと一枚だ。あ、あと一枚だ。(じっと腕をくむ)
    (水を飲みに行った人々、どやどやと帰って来る)
喜蔵 あんなにぎりめしを、もう十五、六食いていや。
浅太郎 あれでも、一時の虫抑えにはありがたい。さあめしはすんだ。入れ札を早くやってもらおうか。
喜蔵 心得た。
    (彼は、懐中より懐紙を出し、脇差をぬいて幾片かに切断する。みんなに一枚ずつ渡す)
喜蔵 矢立の筆は、一本しかねえぞ。なるべく早く書いて回してくれ。書いたやつは、小さく折って、この割籠《わりご》の中に入れてくれ。
忠次 札の多い者から三人だぜ。
十蔵 ええ承知しました。
喜蔵 十蔵、お前からかけ!
    (十蔵に筆を渡す。めいめいつぎつぎ筆を借りて書く。弥助書き終え九郎助に近よりて)
弥助 そら兄い、筆をやるぜ。
    (弥助、約束したるごとくにっこり笑う)
九郎助 ありがてえ。
    (九郎助筆を取る。煩悩の情ありありと顔に浮かび、しばらく考え込む)
浅太郎 おい、爺さん。早く筆を回してくんねえか。
九郎助 何だと!
浅太郎 考えるなら、筆をほかへ回してくれ!
九郎助 黙っていろ、いらねえ口をたたくなよ!
    (九郎助、憤然として筆を下ろす)
才助 爺さん、俺にかしてくれ。
九郎助 ほら。(筆を投げる)
    (才助、それを受取り、弥助のそばへ行く)
才助 なあ、弥助兄い! 字を教えてくれ。
弥助 教えてやる! 何という字だ。
才助 (弥助の耳のそばで何かささやく)――。
弥助 よし、こう書くんだ。(指先で、才助の持っている紙面の上に書いてやる)
才助 分かった。ありがてえ。
    (みんな、つぎつぎに書き終える)
喜蔵 さあ、みんな書いたか。まだ書かねえ人はねえか。(周囲を見回す) よし、みんな書いたのだな。親分、みんな書きました。
忠次 われ、読み上げてみねえ。
喜蔵 よし、合点だ。
    (皆は、緊張して目をかがやかし、壼皿を見つめるような目付で、喜蔵の手元を睨んでいる)
喜蔵 (折った紙片をひらきながら) いいか。みんな聞いてくれ。あさ[#「あさ」に傍点]。仮名であさとしか書いてねえや。だが浅太郎に違いねえ! 浅太郎が一枚(みんなに紙片を見せる)おや、今度も浅太郎だ。浅太郎が二枚!
忠次 (わが意を得たりというように、にっこり笑う)
喜蔵 今度は、喜蔵だ(紙片を見せながら)どうだい。うそじゃねえだろう。喜蔵が一枚!おや、その次がまた喜蔵だ! ありがたい! みんなは、やっぱり目が高いや。どうだい! 喜蔵が二枚だ!
    (喜蔵は、得意げに紙片を高くする。九郎助は、ようやく焦燥の色を現す)
喜蔵 おや何だ。丸で、金くぎだ、何だ。くーろーすーけか九郎助だ。九郎助が一枚だ。
    (九郎助狼狽し、激しく動揺す)
喜蔵 その次は浅だ。これで浅太郎三枚だ。おやありがてい、その次はまた喜蔵だぞ。喜蔵は三枚だ。その次は浅太郎だ。浅太郎が四枚。おやその次はまたこの俺さまだ。喜蔵四枚だ。これで俺と浅太郎はたしかだぞ。おやその次が嘉助だ。
嘉助 しめた! 
喜蔵 これで浅とおれが、四枚ずつ、九郎助と嘉助とが一枚ずつだ。二人の勝負だ。
嘉助 あと一枚だな。ちょっと待ってくれ、俺と出るか九郎助と出るか。
九郎助 俺だとも。なあ、きまってらな弥助!
弥助 (黙って答えず)……。
喜蔵 さあ! あけるぞ。どっちだ丁か半か。九郎助か嘉助か。ああ。……嘉助だ。
九郎助 なに、嘉助だって。
    (九郎助、身をもがいてくやしがる)
浅太郎 やっぱり、みんなは正直だ。ありがてい。やっぱり親分のためを思ってらな。みんなありがとう。お礼をいうぞ。親分のことは俺たちが引受けた。
才助 じゃ、浅兄い頼んだぜ。
忠次 じゃ、みんな腑に落ちたんだな。それじゃ、浅と喜蔵と嘉助とを連れてくぜ。九郎助は一枚入っているから連れて行きていが、最初《はな》いった言を変改することはできねえから、勘弁しな。さあ、先刻からえろう、手間を取った。じゃ、みんな金を分けて、めいめいに志すところへ行ってくれ。
喜蔵 (五十両包みをこわしながら)さあ、みんな遠慮なく取ってくれ。(喜蔵。遠慮する子分たちに、分けてやる)九郎助兄い。何を考えているのだ、われも手を出しなせえ。
    (九郎助、不承不承に手をさし出す)
忠次 じゃ俺たちは、一足先に立つぜ。みんな気をつけて、行ってくれ。
一同 親分、ごきげんよう。お気をおつけなせえませ。
才助 浅兄い頼んだぜ。
浅太郎 安心していろよ。
十蔵 喜蔵兄い頼んだぜ。
喜蔵 合点だ。親分の身体は、俺たちの、目の黒いうちは、大丈夫だ。
    (口々に、呼びかわしながら、三人山上の方へとかくれる)
牛松 浅たちがついてりゃ、ていした間違いはありゃしない。
才助 親分の胸の中だって、あの三人をめざしていたに違えねえや。
十蔵 違えねえや。あいつらをつけておけば大丈夫だ。
牛松 さあ、俺これから草津の方へ落ちてやらあ。
才助 おいらも、草津だ。
十蔵 おいらも草津へ出よう。
牛松 じゃ、草津組は一緒に出かけようや。九郎助兄い! お前は、どこへ行くんだ。
九郎助 おいら、もう半刻考えよう。
牛松 思案は、早い方が勝ちだぜ。
    (入れ札の紙、風にふかれて飛び立たんとす)
九郎助 ああいけねえ。こんなものが残っていると、とんだ手がかりにならねえとも限らねえ。
    (九郎助拾い集めて掌中に丸める)
牛松 じゃ、稲荷の兄い、ごきげんよう。
九郎助 もう行くのか、あばよ。
十蔵 弥助兄い、ごきげんよう。
弥助 ごきげんよう。
    (弥助みんな口々に、別れの言葉を交わし、四人は最初みんなが来た方へ引っ返す。後に、九郎助と弥助だけがのこる。九郎助の顔は、凄いほど、蒼い。黙然として考えている)
弥助 おい兄い! お前は、どの方角へ行くんだ。
九郎助 うるせえや、今考えているというに。
弥助 おらあ、よっぽど草津から越後へ出ようと思ったが、よく考えてみると、熊谷在に伯父がいるのだ。少しは、熊谷はあぶねえかと思うが、故郷へ帰る足溜りにはもってこいだ。それで俺武州の方へ出るつもりだが、お前はどうする気だ。
九郎助 (黙して答えず)……。
弥助 お前、よっぽど入れ札が気に入らなかったのだな。もっともだ、俺も今日の入れ札は、最初からいやだった。親分も親分だ! 餓鬼の時から、一緒に育ったお前を捨てて行くという法はねえや、浅や嘉助は、いくら腕っぷしが強くってもお前に比べれば、ほんの小僧っ子だ。また、たとい入れ札をするにしたところで、野郎たちがお前を入れねえという法はありゃしねえ。十一人の中でお前の名を書いたのは、この弥助一人だと思うと、おらああいつらの心根が全く分からねえや。
九郎助 (憤然として)この野郎、手前ほんとうに書いたのか。
弥助 書いたとも、俺よりほかにお前の名を書くやつなんかありゃしねえじゃねえか。
九郎助 ほんとうに書いたか。
弥助 書いたとも、俺よりほかに誰が書くと思う。
九郎助 手前、うそをつくと叩っ切るぞ。
弥助 論より証拠、お前の名が一枚出たじゃねえか。
九郎助 (先刻、丸めた中より忙しく一の紙片をよりだしながら)これを手前が書いたというのか。仲間の中で能筆の手前が、こんな金くぎの字を書くか。
弥助 ううむ。(狼狽する)
九郎助 これでも書いたというのか。
弥助 兄い、かんにんしてくれ。兄いわるかった! うそをついた俺を叩っ切ってくれ!
九郎助 (脇差に手をかける、が、すぐ思い返す)よそう。たった一人の味方と思う手前にだって、心の中では意気地なしと見限られている俺だ。手前を叩っ切ったって何にもなりゃしねえ。
弥助 だが不思議だな。俺が、書かないとしたら、それを誰が書いたんだろう。
    (弥助紙片をみつめる。九郎助あわてて丸める)
弥助 誰が書いたんだろう。(ふと、気がつく)兄い、まさかお前が自分で書くようなけちな真似はしねえだろうな。
九郎助 なな何をいう。(ふと気が変って急に泣く)弥助かんにんしてくれ。意気地なしの卑怯者を、手前親分の代りに成敗してくれ!
    (九郎助わっとすすりなく)



底本:「菊池寛 短編と戯曲」文芸春秋
   1988(昭和63)年3月25日 第1刷発行
入力:真先芳秋
校正:大野晋
1999年12月2日公開
青空文庫作成ファイル:
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