入って来るのに気がついて、口をつぐむ)
弥五七 (役者の道化振りを発揮して)これは、これはお梶どの。ようおいでなされました。ちょっとお尋ねしまする。藤十郎どのが、狂言の稽古の相手はあなた様ではござりませぬか。
お梶 (緊張しながら、しかもつつましやかに)なんでござりまする。藪から棒のお尋ねでござりまするのう。
弥五七 (やはり道化た身振りで)藤十郎どのが、今度の狂言の稽古に、人の女房に偽りの恋をしかけ、靡《なび》くと見て、逃げたとのことでござりまする。もしやお心当りがござりませぬか。
お梶 (つつましやかに、態度をみださず)偽りにもせよ、藤十郎様の恋の相手に、一度でもなれば、女子に生まれた本望でござりますわい。
弥五七 よくぞ仰せられた。ははは。
千寿 (やや取りなすように)ほんに、日頃から貞女の噂高いそなたでなければ、さしずめ疑いがかかるところでござりますのう。楽屋へ御用でござりまするか。さあお通りなさりませ。
お梶 あのう、嵐三十郎様に、お客様からの言伝《ことづて》を。
千寿 さようでござりまするか。さあ、お通りなさりませ。
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(お梶、会釈して通り過ぎる。役者
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